発祥の地bannar
北海道暗渠排水施設発祥の地
 [ほっかいどうあんきょはいすいしせつはっしょうのち] 


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場所
北海道札幌市白石区川下一条8丁目
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JR千歳線・平和駅の東1km。厚別川にかかる川下橋の200mほど西の 中沢氏邸の 石塀の内側に 白石区の建てた“歴・しるべ”「北海道暗渠排水施設発祥の地」[写真1] がある。

「暗渠排水」と聞くと素人は 都市の下水道を連想するが, これは農地の排水技術である。
札幌北郊に入植した農民が悩まされたのは, この一帯が泥炭地で 非常に水はけが悪いことだった。 腰まで水につかって稲刈りをする状態で, 作業能率も悪く 米の品質も良くなかった。
中沢氏によって 暗渠排水が導入されてから, 米の収量は50%増となり, 農作業の効率も圧倒的に改善されたという。
暗渠排水の技術的な説明は 下記の説明文に詳しい。

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(2006/10追加)
中沢氏の敷地内に 「北海道暗渠排水施設発祥之地」と刻まれた大きな石碑[写真3,4] がある ことがわかった。昭和53年に 中沢氏によって建てられた。
T.T.さんから写真をいただいた。
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(2008/9追加)
『記念碑に見る北海道農業の軌跡』(※)によると, 北海道で最初に農地の暗渠排水技術が採り入れられたのは 1896(明治29)年,この地 (当時・白石村川下) であった。長野県から入植していた中沢八太郎氏は 郷里から暗渠排水の技術と用具を導入し, 1町歩の田に暗渠排水を施行した。

発祥記念碑は最初 1941(昭和16)年に建立されたが,1962(昭和37)に台風のため破損。 現在の石碑は 1978(昭和53)年に,中沢八太郎氏の孫の中沢敏弘氏によって 自宅の庭に建立されたものである。

※『記念碑に見る北海道農業の軌跡』 北海道協同組合通信社・刊(2008) .

撮影日
2003年10月 (写真提供 T.T.さん)
 
2006年10月 (写真提供 T.T.さん)
碑文[1]
白石歴・しるべ
  北海道暗渠排水施設発祥の地

 明治26年, 長野県有賀村から入植した中沢八太郎は, 付近の地勢と厚別川の水 利をみて, この地が必ず水田地帯になると確信しました。
 しかし, 泥炭地のため水が抜けず, 身が没するほどの田んぼを前にして, 排水 施設の必要を痛感, 故郷の桑畑で用いられていた通称「水道」と呼ばれる暗渠排 水を思いたちました。
 それは, 水田の畦道に沿って, 幅約40センチメートル, 深さ約1メートルの深 い溝を掘り, さらにその底に水の落ち口として, 幅約15センチメートル, 深さ約 30センチメートルの細い溝を掘ったものでありました。
 そして, 水の落ち口となる細い溝の上に割板と雑草で蓋をし, 最後に土をか ぶせたのです。
 中沢八太郎は, 明治28年から2年の歳月をかけ, 約1ヘクタールの水田に, こ の暗渠排水を築いたのです。
 彼の造った独特の暗渠排水は, この地を稲作地帯としたばかりでなく, 広く全 道に普及していきました。
                    1994.3 白石区役所

碑文[2]
(石碑)
北海道暗渠排水施設発祥之地

明治二十六年札幌郡白石村大字白石村字厚別川下の地に水田
耕作中明治二十九年泥炭湿地改良に暗渠排水の必要を感じ郷
里長野県有賀村より用具を求め竝木をもって水田一町歩にこ
れを施行せり, 是本道における農家施設暗渠排水の嚆矢とす
      昭和五十三年九月吉日
  土地区画整理事業施行を記念して 建立者 中澤敏弘

[1]白石歴・しるべ
 [1]白石歴・しるべ
[2]中沢氏邸
 [2]中沢氏邸  .

[3]北海道暗渠排水施設発祥之地碑 [4]発祥之地碑(裏面)
[3]北海道暗渠排水施設発祥之地碑
[4]発祥之地碑(裏面)


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