発祥の地bannar
メークイン発祥之地
 [めーくいんはっしょうのち]


場所
北海道檜山郡厚沢部町字新町
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JR江差線の江差駅から 北東におよそ15km。厚沢部(あっさぶ)町役場の北西150mに JAの厚沢部支店がある。
建物の裏手の空間に,白い台座の上に「メークイン発祥之地」と刻まれた黒い石碑が建ち, 台座正面には副碑が添えられている。

“メークイン”は,“男爵”と並ぶジャガイモの代表的な品種。
“メークイン(May Queen)”の名前のおこりは ヨーロッパ各地で5月に行われる「五月祭」で, 未婚の女性の中から選ばれる「五月の女王(メイクイーン)」から来ている。
原産ははイギリスで,エリザベス一世が普及の後押しをしたとされるが, 現在イギリスでは栽培されていない。

日本では,男爵が明治末期から栽培されているのに対して,メイクイーンは大分遅れて,1925(大正14)年に かつてこの地にあった 北海道庁檜山農事試作場で試作が行われたのが最初であった。
以来,厚沢部においては 他の品種と交わることがないように メークインのみしか栽培されないという 徹底した管理の下で生産されているという。
この発祥碑は 農協30周年を記念して,1976(昭和51)年に建てられた。

開拓時代の北海道は 米の生産が困難で,代わりの主食として 寒冷地での栽培が容易なジャガイモの生産が奨励された。 現在でも全国の生産量の80%近くが北海道産である。
メークインは 病害に弱く,他の品種と比べて栽培の難しい品種だったため,普及には時間がかかり, 1941(昭和16)年以前は あまり注目されなかった。また 戦時中の食料統制期間中には 食用のジャガイモが男爵薯に統一されたため,メークインの生産は細々と行われていた。
戦後 国民の食生活が安定してから 少しずつメークインの需要が伸び始め,1955(昭和30)年ごろから 人気が上昇しはじめ 全国的に消費量が拡大した。

男爵は表面がゴツゴツしているのに対して,メークインは俵形で ややほっそりしており, 芽が浅いために皮がむきやすい という特徴がある。 中は黄色で粘りがあり 煮崩れしにくいため,肉じゃがなどの煮物に多く使われる。
関西地方では メークインの消費量が多く,関東では ホクホク感のある男爵が多い,という特徴がある。

撮影日
2009年4月
碑文
メークイン発祥之地
  厚沢部町長 沢口松雄 書

(副碑)
 本碑建立の地は北海道庁立 桧山農事試作場(明治四十三年 (1910)設立(昭和三十八年(1963) 廃止)の跡地である。 「メークイン」の原産は英国 といわれ本町はアスナロ桧の北限 トド松の南限に位し,之が適地 として昭和九年(1934)始めて 本場に試作された。
 爾来四十有余年改良増殖され 今や「厚沢部メークイン」の銘柄 声価は,種子・食用共に全国津々 浦々に絶賛を博している。
「厚沢部メークイン」の今日ある は先覚各位の長年月に亘る汗 と努力の結晶であり,なかんずく 之が生産指導と消流に生涯を かけた,福井伝一郎氏(昭和四十九年 (1974)十二月没 行年六十二才)の 努力を特筆したい。
 農協発足三十周年に当り,本碑 を建立し,その所以を録し先覚 の功績を讃えるものである。
     昭和五十一年十一月十九日
       厚沢部町農業協同組合


 
メークイン発祥之地碑 JA厚沢部支店
メークイン発祥之地
JA厚沢部支店