発祥の地bannar
しいたけ発祥の碑
 [しいたけはっしょうのひ]


場所
大分県豊後大野市緒方町馬場
コメント
JR豊肥本線の緒方駅の裏。プラットホームから見える位置に「しいたけ発祥の地」と書かれた 碑が建っている。
これは 椎茸栽培の原木(ほだ木)を模したもので,碑の前後左右から突き出ている短い枝のような突起は しいたけ菌を植えつける“種駒”を模したものだろう。

大分県は 椎茸の大生産地で,乾椎茸では全国で第一位(シェア 30%)である。 栽培の歴史は古く,江戸時代初期(17世紀前半)に 炭焼きをしていた源兵衛という人物が, 原木の残材に椎茸が生えるのを観察して 初歩的な人工栽培を始めていたという。
これは“鉈目法”と呼ばれる方法で,クヌギなどの原木に鉈で傷をつけて 野外に放置し,自然に椎茸菌が 付着して繁殖するのを待つ という原始的な方法であった。

江戸時代末期になると,自然に菌が付着するのを待つのでなく,積極的に種菌を植えつける方法が開発され, 椎茸栽培は 大分県内に広まり,明治以降は 椎茸輸出の増加に伴い 生産量も急増。 さらに 栽培技術も向上して,全国に普及していった。

なお,津久見市には「日本特殊産業椎茸栽培業者発祥地」という碑がある。

撮影日
2009年3月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
しいたけ発祥の碑

寛永のころ豊後の国に名を源兵衛という炭焼あり たまたま原木のナタ目に自然発生した しいたけを発見してこれが栽培の端緒となった伝えあり その後 文政三年 斉藤 重蔵なる人この豊後国岡藩の岳山(大字上畑字柳谷)にて藩直営のしいたけ栽培指導を 行い量産成功を見るに及んで一般またこれに倣い以来しいたけ栽培事業は技術の向上と相俟 つて今日にみる重要な国内産業の分野に登場す こゝに史実をもってゆかりとし 益々 斯業発揚の意図に燃える町内生産者相計り「しいたけ発祥の地」を建碑し後世に遺す
      昭和四十四年九月二十三日建立   緒方町しいたけ生産者


 
しいたけ発祥の碑
 しいたけ発祥の碑