発祥の地bannar
静岡茶発祥地
 [しずおかちゃはっしょうち] 


場所
静岡市葵区足久保奥組
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JR東海道本線の静岡駅から北北東に17km。
安倍川の支流・足久保川沿いに静岡県道205号(美和街道)を進むと,“奥長島”のバス停付近の小公園に「静岡茶発祥の地」と刻まれた灰色の石碑と,その横に副碑「足久保茶の由来」という黒い石碑が建っている。

“静岡茶”は文字通り静岡県内で生産される茶の総称であり,ブランド名になっている。静岡県内の茶葉を100%使用したもの以外は静岡茶の名前を使用することができない。生産地は,西は浜松から東は伊豆半島まで全県に分布しており,地域ごとのブランド名がついている。(たとえば,本山茶・川根茶・掛川茶・冨士茶・天城茶など)

静岡における茶の栽培は,静岡出身の高僧・聖一国師(しょういちこくし)が 鎌倉時代の初めごろに,禅の修行のために中国に渡り,帰国の際に持ち帰ったお茶の種を この安倍川上流,足久保の地に蒔いたことに始まると伝えられる。
本格的な茶の栽培は江戸時代に始まる。大御所徳川家康は喫茶を好み,標高1200mの大日峠(井川ダム近く)にお茶専用の“茶壷屋敷”を造り,初夏に採れた足久保の新茶をここで秋まで熟成させ,その後駿府城へ運ばせ茶会を開いていたと言われる。
その後 8代将軍吉宗の倹約令によって上納停止になったため,この高級茶の生産技術の伝承は途絶えてしまい,足久保茶は衰退していった。
18世紀に入り,西村竹茗という人物が足久保の郷に入って足久保茶の復活を志し,10年の苦労の末に緑茶の製造に成功した。足久保の茶畑の中に残る大きな石碑「狐石」には松尾芭蕉の句
   『駿河路や はなたちばなも 茶のにほひ』
が刻まれ,竹茗が製茶に成功した経緯が刻まれている。

撮影日
2012年4月
碑文
静岡茶発祥地

(副碑)
   足久保茶の由来
足久保茶の歴史は,今より七五〇年前(1244)に,聖一国師が中国より,茶の種子を持ち帰りこの地に播いたのが始まりです。その後江戸時代には,徳川家康公が駿府城にいた頃,足久保茶を愛飲され,三代将軍家光公の時代には,将軍家御用茶として江戸に献上されていました。この度静岡県と友好提携を結んでいる中国浙江省より静岡県を通し茶の苗木をいただき聖一国師播茶七五〇年を記念しこの地に植樹しました。
        一九九五年三月十九日
     足久保茶七五〇周年祭実行委員会


 
静岡茶発祥の地碑と足久保茶発祥の由来碑
静岡茶発祥の地碑(右)
     と副碑(左)