発祥の地bannar
つべつ 玉葱発祥之地
 [つべつたまねぎはっしょうのち]


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場所
北海道網走郡津別町岩富
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JR石北本線の美幌駅から 南に10km。
美幌方面から 国道240号を南下し,活汲中学校の手前を左折,活汲橋を渡って500m先に 岩冨公民館がある。
公民館の前庭に,1mx1.8mの鉄平石を 1.2mの高さに積み上げた台座の上に,高さ1.7mの白い御影石に 「つべつ玉葱発祥之地地」と刻まれた記念碑が建っている。

津別町は 1902(明治35)年に福島県からの入植があり,その後 北陸・東北からの入植者によって開拓された。
当初は 麦・ジャガイモなどが栽培されたが,大正初期からハッカや豆類などが作られるようになった。 タマネギは 昭和40年代から生産されはじめた 比較的歴史の浅い作物である。

なお,北海道のタマネギの発祥の地碑は,札幌市・富良野市・美幌町にもあるが, その中で 津別町のものは最も新しく建立された。

撮影日
2009年5月 (写真提供 徳利旅さん)
碑文
つべつ 玉葱発祥之地

(副碑)
    碑文
 津別町の玉葱の創始は,昭和四十年網走川沿 いの肥沃な岩冨の大地に,矢作敏夫氏が直 播で20アール作付したのに始まる。
 病害,雑草と闘いながらも昭和四十五年には, 岩冨で1.2ヘクタールとなり,昭和四十六年には 耕作者7名で13ヘクタールと広がり「北見玉葱」が 日本一の産地となった原動力となる。
 昭和四十七年四月,津別町玉葱振興会が,共計 共販を目的に設立される。又,指定産地に伴う集出荷 施設が建設される事になり,初代会長に,細川昇氏 が就任され,「良い玉葱,作る心が産地を守る」を合 言葉に達美・共和・恩根・本岐地区でも栽培される ようになり,爾来20年,一般畑作の低迷の進む中,会 員45名,面積255ヘクタールとなる。
 ここに先駆者の偉業を讃えると共に,20周年 を記念し,この創始の地に碑を建立する。
    平成四年二月十四日
          津別町玉葱振興会
          二十周年記念事業協賛会


 
つべつ 玉葱発祥之地碑
つべつ 玉葱発祥之地 碑

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