発祥の地bannar
角藤定憲改良演劇創始の地
 [すどうさだのりかいりょうえんげきそうしのち]


場所
大阪府大阪市西区新町2丁目
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地下鉄・長堀鶴見緑地線の西大橋駅のすぐ北側。“新町南公園”の北東隅に, 「角藤定憲改良演劇創始之地」と書かれた大きな碑が建つ。

この場所から 道路を挟んで北側の, 現在“大阪屋書店”がある場所は もと“新町座”の あったところで, 1888(明治21)年に 角藤定憲が板垣退助の後援を得て, 「日本改良演劇」と称して旗揚げしたのが“荘士芝居”新派劇の最初とされる。

角藤定憲(すどうさだのり)は 自由党壮士で, 中江兆民の発行する東雲新聞の新聞記者であった。 兆民は 自由民権運動の啓蒙策として 角藤の「大日本壮士改良演劇会」を後援した。
角藤に遅れて3年後, 川上音二郎が堺で「新演劇」を旗揚げし, やがて東京で人気を博したが, 角藤の東京進出は遅れ, 川上一座を超える人気を得ることはできなかった。
彼らの新しい芝居は総称して「新演劇」と呼ばれ, 歌舞伎の「旧派」と対比して 「新派」と通称されるようになった。
演劇といえば歌舞伎に限られ 役者の一族ででもなければ役者になれない状況が一変し, 素人でも役者になれる時代が到来した。数多くの俳優志願者が新派劇団に集まって来た。

撮影日
2006年5月 (写真提供 T.K.さん)
碑文(1)
角藤定憲改良演劇創始の地

この附近新町座に於いて明治
二十一年十二月三日角藤定憲
が改良演劇と称して壮士芝居
を公演せり明治四十年一月ニ
十日神戸大黒座楽屋にて急逝
す劇団新派来演を機にこの地
に碑を建て角藤定憲の功績を
永遠に賛える
  昭和三十五年一月二十日
      劇団 新派 
 (以下 多数の発起人氏名 略)

角藤定憲改良演劇創始の地碑
 角藤定憲改良演劇創始の地 碑