発祥の地bannar
一寸法師発祥の地
 [いっすんぼうしはっしょうのち]


場所
大阪市住吉区住吉2丁目
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南海電鉄本線・住吉大社駅の100m東に 住吉大社がある。
広い境内の中央に第三本宮があって,その近くに「一寸法師発祥の地」という看板と一寸法師のお碗が出ている。

一寸法師は,いうまでもなく「御伽草子」に出てくるお伽話の一つで,室町時代に成立したとされる。
一寸法師のストーリーは いろいろなバリエーションがあり,現在 童話として子供に読み聞かせるものは,

むかしむかし あるところに おじいさんとおばあさんが住んでいました。二人には子どもがいなかったので,おじいさんとおばあさんは神さまにお願いしました。「神さま、親指くらいの小さい小さい子どもでもけっこうです。どうぞ、わたしたちに子どもをさずけてください」
すると 本当に小さな子どもが生まれたのです。ちょうど おじいさんの親指くらいの男の子です。二人はさっそく、一寸法師という名前をつけてやりました。・・・
これだけの内容では,何故 住吉大社が一寸法師の発祥の地なのか 理解できないが,『御伽草子』に書かれた内容は少し違っていて,
津の国の難波の里に,立派なおじいさんとおばあさんが住んでいた。おばあさんは40歳になっても子どもが居ないことを嘆いて,住吉大明神に子どもを授けけてくれるよう祈った。やがておばあさんは41歳になって可愛い男の子をもうけた。
となっている。つまり 一寸法師は,住吉さんのおかげで生まれた子供である ということで,ここが発祥の地だと称しているらしい。
「発祥の地」というには いささかこじつけのような気もするが,“発祥の地ブーム”にあやかったのだろう。

40歳の夫婦を「おじいさん,おばあさん」と呼んでいるのは 時代の隔たりを感じさせる。現在では 40歳の出産など全く珍しくなくなったが,当時の感覚では 子供が生まれる可能性のない“老夫婦”だったのだろう。
ちなみに,江戸時代初期の平均寿命は30歳程度だったとも言われる。

撮影日
2012年5月 (写真提供 totteさん)
碑文
一寸法師発祥の地 住吉大社

 昔話で有名な一寸法師は,室町時代から江戸時代にかけて成立したとされる物語集の『御伽草子』に出てくるお話で,その冒頭では住吉大明神にお祈りし,そのお陰で子供を授かるところから始まります。
 この背景には,住吉大神の御加護を得て,無事に応神天皇をご出産になられた神功皇后様(第四本宮御祭神)や,薩摩藩主島津氏の祖となった島津忠久公が生まれた誕生石などの安産や子宝に関する説話が広く知れ渡っていたことが伺え,現在でも,ここ住吉大社境内の種貸(たねかし)社は,神種を授ける神様として,各種農業の種,子授けや商売の元手となる資本金,良い知恵を授けて下さる神様として篤く信仰されております。

子宝
資本 元種の神 住吉種貸社
知恵

住吉の御誓に,末繁盛に栄え給ふ,世のめでたきためし,
これに過ぎたることはよもあらじとぞ申し侍りける。
(「御伽草子」)

 
一寸法師発祥の地 看板
一寸法師発祥の地 看板
住吉大社
住吉大社