発祥の地bannar
薪能金春発祥地
 [たきぎのうこんぱるはっしょうち] 


場所
奈良県奈良市登大路町
コメント
近鉄奈良線の奈良駅から 南東に200m。
興福寺の広い境内の西寄りにある“南円堂”と“北円堂”の間に“西金堂跡”と呼ばれる空間がある。 江戸時代に火災で焼失した西金堂の跡で 現在は基壇のみが残っていて,周囲は芝生の広場になっている。
この空間の北東の隅に 境内の通路に面する形で 白い石碑が建っている。

薪能(たきぎのう)は 夏の夜,能楽堂や野外に設けられた能舞台の周囲にかがり火を焚いて演じる能。
平安時代中期に ここ興福寺で 修二会(しゅにえ)に付随した神事として, 圓満井座(後の金春座)によって催されたのが最初だといわれる。
現代では 各地の神社仏閣などで薪能が催されているが, 興福寺で毎年5月に行われる薪能は 観世・金春・金剛・宝生の四流によって競演され, 他と区別して特に薪御能(たきぎおのう)と呼ばれる。

撮影日
2009年11月
碑文
薪能金春発祥地
     七十九を
     金春太夫秦信高書

薪能は久しく薪猿楽と称し古くは薪咒師猿楽とも称せられ,貞観十二年興福
寺西金堂の修二会(しゅにえ)が始行せられると薪迎と共に寺属の猿楽が参勤して修法の
外想を表示することを代行し咒師(しゅし)走りと呼ぱれた。後にこの猿楽は春日社に
も勤仕し秦河勝よリ直ぐに傅えられたと称する翁猿楽が行なわれ咒師走リの
翁として薪猿楽はもとより大和猿楽芸の基をなしたものである。薪猿楽の座
は圓満井座,金春座を称し永く本座として薪能やおん祭の能に奉仕し今日に
至っている。先年「能と金春」の上梓に伴ない金春晃実師と相計り現宗家始
め金春欣三師ほか流儀各位ならびに薪能保存会長谷井友三郎氏らの後援を得
て能楽をはじめとする日本芸能の源泉地として,ここに意義ある建碑に至っ
たことを深く感謝する次第である。
    昭和四十九年三月吉日
              名古屋市瑞穂区東栄町三丁目二四
           施主   廣瀬瑞弘


 
薪能金春発祥地碑 興福寺五重塔
薪能金春発祥地 碑
興福寺五重塔