発祥の地bannar
放送記念碑  [ほうそうきねんひ] 


場所
東京都港区芝浦3丁目
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JR山手線の田町駅芝浦口を出ると すぐ右(西側)に 東京工業大学附属科学技術高等学校がある。 学校の敷地に食い込むような形で この記念碑が建っている。
この場所は 駅のすぐ前だが, 歩道に通じる階段の裏側に当るため, 少々分かりにくい。

この地にあった「東京高等工芸学校」の図書室に間借りした 臨時の放送所から ラジオ放送の最初の放送が始まった。
「東京高等工芸学校」は その後 千葉大学工学部に引き継がれた。 (現在この地にある学校は「東京工業大学付属高校」であって, 直接の関係はない。)
放送記念碑と並んで 下記のような説明がなされている。

   東京高等工芸学校の沿革
 本校は大正10年12月この地に創立されました。戦時下の 昭和19年3月に東京工業専門学校と改称され, 昭和20年5月 戦災による校舎焼失のため, 同年10月千葉県松戸市に移転いた しました。昭和24年5月学制改革により千葉大学工芸学部とし て発足し, 同26年4月工学部に改組され, 同39年7月千葉市 に移転し今日に至っております。
 平成3年12月 創立70周年を記念し, こゝに沿革をかかげま した。
        平成4年7月吉日     千葉大学工学部
                    千葉大学工学同窓会
撮影日
2005年7月
碑文1
放送記念碑 徹郎題

 人間は真理を求めて永遠の行進を続ける。
 大正十四年三月二十二日,午前九時三十分,この一隅から発せられた, 「JOAK」の放送電波は,ここに三十年を経て,日本全土を覆い,広く世界を結 び,今やまさに,聴く放送から視る放送えと画期的飛躍を遂げるに至った。 このときこの地に立って,我々は,そぞろに先人の情熱を想起せずにはいられない。 この情熱は時空を超えて,我々と共に生きつつあり。更にあとに続く人々の中に永久 に躍動して,人類の幸福と社会の進歩とに貢献するであろう。
 昭和三十年三月二十二日 ゆかりの地において当時をしのびつつ 日本放送協会会長 古垣鐡郎 識

(副碑)
 ここは大正14年3月22日 わが国最初の放送電波が発せられたゆかりの地です。
 東京放送局が, 当時ここにあった東京高等工芸学校の図書室を仮放送所として ラジオ第一声を送り出しました。
 この放送発祥の地に, 放送開始30周年を記念して「放送記念碑」を建立したものです。
             日本放送協会


 
放送記念碑
 放送記念碑