発祥の地bannar
平塚商業発祥地
 [ひらつかしょうぎょうはっしょうち]


場所
神奈川県平塚市紅谷町
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JR平塚駅の北口の50m西から北に向かい 平塚八幡宮に至る“八幡大門通り”がある。
通りに面する東急インの前に,片面に「平塚商業発祥地」裏面に「八幡大門通り」と書かれた小型の石標があり,隣に「八幡大門通り」の説明板が建っている。
また この場所から更に北にたどると,通りの中間と北端にも同じ形の石標がある。

八幡大門通りは 平塚八幡宮へ続く表参道として栄えた。1887(明治20)年に平塚駅が開業したのをきっかけに商店街が形成され,戦前は商店や映画館などが軒を連ね,バス通りにもなっていた。
しかし 戦災によって焼け野原になって 商店が少なくなったことと,国道1号線の整備に伴って 八幡宮と商店街が分断されたことにより 参詣には不便になり,人の流れは駅前の大通りに移るなどして,自然と寂れてしまった。

平塚は毎年7月に“湘南ひらつか七夕まつり”が開催されて 多くの観光客を集めているが,八幡大門通りは 七夕の行われる商店街と直交しているため,祭りの恩恵をあまり受けていない。
現在は,昔の八幡大門通りの賑わいの復活をめざして,八幡宮と商店街を分断している国道1号線に横断歩道を設置しようという運動や,商店街のイメージを一新するため,通りの電線地中化や石畳の敷設,店構えの統一感など,時間をかけて街並みの整備を目指している。

撮影日
2010年11月 
碑文
平塚商業発祥地
(裏面)
  八幡大門通り

(説明板)
   八幡大門通り・浜大門通り
 八幡大門通りは八幡神社(現平塚八幡宮)の表参道で,東海道までの区間を指します。明治二十年(1887)平塚停車場(現平塚駅)開業以来,平塚新宿に商店が建ち並びはじめました。最初は停車場付近の厚木道と浜大門通りが繁昌し,次いで八幡大門通りに中心が移り,大正中期から東海道筋に変りました。

 浜大門通りは八幡大門通りから南へ向う通りで,昔は海辺まで続いていました。平塚停車場ができてから,この浜道は遮断され,商店が建ち並ぶようになると“停車場西通り”と呼ばれ繁昌しました。
      平成十四年(2002)三月
               平塚市


 
平塚商業発祥地 碑 裏面「八幡大門通り」
平塚商業発祥地 碑
同裏面「八幡大門通り」

八幡大門通り 説明板
八幡大門通り 説明板