発祥の地bannar
クリーニング業発祥の地
 [くりーにんぐぎょうはっしょうのち] 


場所
神奈川県横浜市中区山手町
コメント
みなとみらい線 元町・中華街駅の元町側出口のすぐ東, 谷戸坂からフランス山公園へ入る入口に 自然石の大きな石碑が建つ。 これが クリーニング業発祥の地 碑である。

1859(安政6)年 横浜が開港されて 西洋人が多く居留するようになると, 必然的に 西洋式の洗濯の需要が増加した。多くの業者が開業し, これが現在のクリーニング業に発展した。
記録によると, 一番最初の業者は 青木屋忠七, 明治中期には 83名の業者名が記録されている。 脇沢金次郎は 清水屋という屋号で, 現在のフランス山の下, 谷戸坂で大きく営業をした。 「西洋洗濯どこからはやる はやる横浜谷戸の坂」などという はやり唄がうたわれたと言われる。
これらの記録に基づき, フランス山の谷戸坂に面するこの地に「クリーニング業発祥の地」 の碑が建立された。

(参考文献)「クリーニング業発祥の地 記念誌」神奈川県クリーニング環境衛生同業組合

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撮影日
2003年5月, 2004年2月 
碑文
クリーニング業発祥の地

安政6年 神奈川宿の人 青木屋忠七氏 西洋洗濯業を横浜本町1丁目 現在の5丁目にて始め ついで岡澤直次郎氏 横浜元町に清水屋を開業 慶応3年 脇澤金次郎氏これを継承し 近代企業化の基礎を成した
この間フランス人 ドンバル氏 斯業の技術指導 および普及発展に貢献された
これら業祖偉業を顕彰し こゝにクリーニング業発祥の地記念碑を建立する
         昭和48年10月吉日
         神奈川県クリーニング環境衛生同業組合
         全国クリーニング同業者有志一同

(裏面)
日米和親条約締結により 此の地横浜が, 西欧文明の流入開華とともに クリーニング業 発祥の地として定着し 今日の隆昌をみるに至る。
斯業にたずさわる者益々研鑚を重ね, 理想実現のため こゝに発祥の碑を建立する。
多大なるご協賛を賜りました 神奈川県, 横浜市, 両ご当局 並びに 全国の同業関係各位に対し深く謝意を表する。
            クリーニング業発祥の地
               記念碑建設委員会
         題字 神奈川県知事津田文吾 書


 
クリーニング業発祥の地碑
 クリーニング業発祥の地 碑


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