発祥の地bannar
日光金谷ホテル創業の地
 [にっこうかなやほてるそうぎょうのち] 


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場所
栃木県日光市本町
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JR/東武鉄道の日光駅から 北西に2.5km
現在の「日光金谷ホテル」の入口から 日光橋(東照宮の西参道入口)を経て さらに1kmほど西に進むと, 北側に金谷ホテルの“記念館”(武家屋敷=Samurai House) があり, 道路に面して 下の写真に示す「日光金谷ホテル創業の地」と書かれた案内板が建っている。

日光は 徳川家康の霊廟である東照宮が造られ 信仰の山だったが, 明治以降 日本の開国によって増えてきた外国人が 蒸し暑い夏の東京を避けて避暑地を求め, 軽井沢と共に発展してきた。
1873(明治6)年, アメリカ人ヘップバーン(ヘボン)博士が, 東照宮の楽職(笙=笛の一種=の奏者)をしていた 金谷善一郎に頼み 自宅に宿泊させてもらった。これが口コミで広がり, 毎年外国人を受け入れ 宿泊施設“金谷コテージイン”を提供することになった。
これが「金谷ホテル」の始まりである。

1878(明治11)年には 英国人女性旅行家イザベラ・バードが宿泊した。 彼女は世界各地を旅した後に来日(当時47歳)。東北と北海道を旅する許可を得て, 途中“金谷コテージイン”に滞在。自然にあふれた日光に感銘を受けた。
このことが旅行記『日本奥地紀行』で紹介され, 在日外国人の間で“日光の金谷”が最高の避暑地として評価された。
1893(明治26)年に 東照宮の入口に近い現在地に, 2階建て客室30室の「日光金谷ホテル」を建築, 営業を開始した。

日光金谷ホテルは, 絢爛豪華な東照宮のお膝元にふさわしく, 極彩色の日光彫りなど和風装飾で埋め尽くされている。 日本情緒を好む外国人の目を楽しませる趣向だったのだろうが, これは 現在も引き継がれて 独特の雰囲気を醸している。
また 1916(大正5)年にはフォード自動車を購入して 宿泊客の観光の便宜を図るなど, 積極的な経営をした。

明治末期に日光御用邸(現・日光田母沢御用邸記念公園)が開設され, 日光は国内の要人の社交の場として さらに発展。金谷ホテルも 1922(大正11)年に 英国皇太子殿下が泊まるなど, 外国王室や 国内宮家の利用が増え, 近代的ホテルとして増改築を経て現在に至っている。

撮影日
2008年5月 (写真提供 T.K.さん)
碑文
金谷武家屋敷 Kanaya Samurai House
 日光金谷ホテル創業の地

この屋敷は寛永年間(1641頃)に当時の武家の住まいとして建てられたものです。
明治の初期, ヘボン式ローマ字の制定で有名な J.ヘボン博士をお泊めしたのを端緒として, 金谷家はこの住まいを外国人の宿泊に提供することとし, KANAYA COTTAGE INN と名づけて明治6年(1873)から25年(1891)までここに多数の外国人をお泊めしました。
これが金谷ホテルの創業であります。

日光金谷ホテル創業の地碑 日光金谷ホテル遠景<
日光金谷ホテル創業の地 碑
日光金谷ホテル 遠景


移転先 http://840.gnpp.jp/nikkokanaya-hotel/