発祥の地bannar
大阪税関発祥の地
 [おおさかぜいかんはっしょうのち] 


場所
大阪府大阪市西区川口2丁目
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地下鉄中央線と千日前線が交差する 阿波座駅から西に500m。安治川に面して 大阪税関富島出張所がある。この玄関脇に 写真[3] に示す説明板が掲示されている。
案内にしたがって 事務所の許可を得て税関の敷地内に入ると, 写真[1]の 『明治天皇聖躅 川口運上所址 富島外務局址』と刻まれた石碑と, 写真[2]の説明板がある。

江戸末期に 日本は長い鎖国を解き, 神奈川・函館・長崎・兵庫・新潟 の5港を開港し, それぞれに 運上所を置き, 続いて 江戸と大阪にも運上所が置かれた。
運上所とは 港への物の出入りを管理する機関で, 外交事務や関税を取り仕切っていたが, 1872(明治5)年には 全国の運上所の呼称を“税関”と改められた。
それぞれの運上所開設時期は 次の通り。

    兵庫(神戸) 1858 (安政5)
    箱館(函館)1859 (安政6)
    神奈川(横浜) .1859 (安政6)
    長崎1863 (安政3)
    築地(東京)1867 (慶応3)
    川口(大阪)1867 (慶応3)
    新潟 1869 (明治2)
撮影日
2006年5月 (写真提供 T.K.さん)
碑文[1]
  [2]
明治天皇聖躅
  川口運上所址
  富島外務局址

大阪税関発祥の地址

 慶応3年(1867年)8月28日, 大阪税関の前身である川口運 上所が, ここ川口の地に設置されました。
 当時の運上所は, 現在の税関事務と外交事務を行っていました。  慶応4年(1867年)5月1日, 「五代友厚」(初代大阪税関長, 後の 初代大阪商工会議所会頭)が「外国官判事」に就任し, 運上所の事務を行 うようになりました。
 明治5年(1872年)11月28日(税関記念日), 全国の「運上所」 の名称は「税関」に統一され, 川口運上所は大阪税関となりました。
 大正9年(1920年)5月11日, 大阪税関は港区の築港に移転し, この地に大阪税関富島出張所が設置され, 現在に至っています。

碑文[3]
大阪税関発祥の地跡    (税関出張所前にある予告説明板)

 慶応3年(1867年), ここ川口の地に大阪税関の前身 である「運上所」が設置され, 翌慶応4年5月1日, 外国官 判事「五代友厚」(初代大阪税関長, 後の初代大阪商工会議 所会頭)・同「陸奥宗光」の両人が事務をとり開所しました。
 明治5年(1872年)11月28日, 運上所の名称が 全国的に「税関」に統一され, 大阪税関となりました。 (現在, この日を税関記念日としています。)
 大正9年(1920年), 大阪税関は港区築に移転した ため, この地に富島出張所が設置され現在に至っています。
 なお, 「運上所跡」を示す石碑が, 当庁舎の後背地に 建てられていますので, 見学ご希望の方は, 当所 職員(管理担当)までお申し出ください。
            大阪税関 富島出張所

[1]川口運上所址碑 大阪税関発祥の地址
[1]川口運上所址 碑
[2]“大阪税関発祥の地址”

大阪税関発祥の地跡 説明板
[3]“大阪税関発祥の地跡”
(予告説明板)