発祥の地bannar
堺商工会議所発祥之地
 [さかいしょうこうかいぎしょはっしょうのち] 


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場所
大阪府堺市堺区櫛屋町東3丁
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阪堺電車・花田口駅から 200mほど南東。殿馬場中学校の北西。
歩道脇に「堺商工会議所発祥之地」と「山本梅史生家の跡」の碑が建つ。さらに 4〜5m左には 「北端郷惣会所跡」「糸割符会所跡碑」の碑も建っている。

明治維新後, 富国強兵・殖産興業・文明開化が国策の中心に掲げられ, 特に外国貿易振興のための商工業者の組織が必要とされ, 諸外国との不平等条約の改正を交渉するため 国内の商工業の世論を結集する代表機関が必要となり, 1878(明治11)年に 東京・大阪・神戸に「商法会議所」が誕生した。
その後, 福岡・堺・長崎・岡山・熊本等 全国主要都市に 相次いで「商法会議所」が設立され, 明治18年にはその数は32にもなった。 堺における設立は 1879(明治12)年のことだった。

ちなみに, 並んで建っている碑の「糸割符会所」については, 次のような 説明が添えられている。

糸割符(いとわっぷ)会所跡
 生糸は江戸時代の重要な輸入品であり, 慶長9年(1604)家康により 堺・京・長崎の商人にもに買付けが許された。後に江戸・大坂の商人が 加わったが, その割合は堺 120丸(1丸=30kg)に対し, 京・長崎・江戸 100丸, 大坂 50丸であった。
 堺には多いときで200人以上の糸割符商人がおり, これら商人が事務 をとるために置いたのが糸割符会所である。当初, 戎之町東3丁に 建てられたものが, 後に現在地(櫛屋町東3丁)に移された。
                  堺市

撮影日
2006年10月
碑文
堺商工会議所発祥之地

 明治十二年九月十三日, 当時の堺県 庁の許可を得て堺商業集会所として 発足し, この地に事務所を開設した

  創立一〇〇周年を記念し 昭和五十四年十月一日之を建てる


 
堺商工会議所発祥之地地碑 北端郷惣会所跡/糸割符会所跡碑
堺商工会議所発祥之地 碑
北端郷惣会所跡/糸割符会所跡碑

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