発祥の地bannar
房州海水浴発祥地
 [ぼうしゅうかいすいよくはっしょうち]


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場所
千葉県安房郡鋸南町保田
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JR内房線の保田駅から西南西に200m。国道127号(内房なぎさライン)を越えると“保田海岸”に出る。
別願院という寺の南端付近 北西の道路脇に「房州海水浴発祥地」と刻まれた黒い石碑が建っている。

日本では江戸時代初期から水泳が行われていた。“水府流水術”などに代表されるこれら古式泳法は,武術の一種として行われていたが,多くは河川あるいは湖で泳いだらしい。
幕末になると外国人が来日し,横浜の居留地近くの海岸で海水浴を楽しんだ記録が遺されている。 1885(明治18)年に 松本順医師が神奈川県大磯の海岸に,わが国最初の海水浴場を開いた。
その4年後の1889(明治22)年に まだ旧制中学の生徒だっただった夏目漱石が,夏休みを友人と数人で1ヵ月間の房総旅行を行った。東京・霊岸島から汽船で保田へ着き,この地に10日間滞在して,保田海岸で海水浴をしたことが,自著『木屑録』に記されている。

当時の海水浴は “泳ぐ”というよりも,子供がやるように 海水に浸ったり 砂浜で甲羅干しをしたりする程度の,一種の健康法とレジャーとを兼ねたものとしての海水浴だったと思われる。
房総に於けるレジャーとしての海水浴は これが最初だったとして,1986(昭和丙寅=昭和61)年に この発祥碑が建立された。

撮影日
2010年3月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
房州海水浴発祥地

    由来
明治二十二年,夏目漱石は旧制一高の前身,第一高等中学校の文科二年在学中 学友四人と共に房総を旅した。
八月七日,舟で房州に渡り,鋸山に上り外房二総を経 利根川を遡って帰った。日を経ること三十日 行程九十余里その間保田に滞在中 日々海水浴を楽しんだ。
そのことを誌した明治二十二年九月九日脱稿とある全漢文の「木屑録」には「日に鹹水に浴すること少なきは二,三次多きは五,六次に至る 浴時ことさらに跳躍して児戯の状をなす 倦めば則ち熱砂上に横臥す 温気腹を浸し 意甚だ適するなり」とある。
    昭和丙寅七月           谷川徹三

                鋸南町長  厚海熊太郎  建立


 
房州海水浴発祥地碑
 房州海水浴発祥地 碑
保田海岸
 保田海岸

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