発祥の地bannar
人形操り発祥の地
 [にんぎょうあやつりはっしょうのち] 


場所
兵庫県西宮市産所町
コメント
阪神電鉄・西宮駅のすぐ西側, NTT西宮ビルの前に「傀儡師故跡」「人形操り発祥の地」と書かれた 人物の銅像と 説明板, それに「史跡 傀儡師故跡」の標柱が立っている。

傀儡(くぐつ)は「あやつり人形=マリオネット」のことで, 「人形まわし」とか「木偶(でく)まわし」 などとも呼ばれた。ここ西宮に集団で居住し 各地をを巡回していたという。
後に 淡路・阿波の人形浄瑠璃や大阪の文楽に発展したものだが, この当時の傀儡は 首から下げた箱の上で小さな人形を手であやつった 大道芸人だった。 傀儡師たちは やがて“えべっさん”で有名な西宮神社に奉仕する形で, 江戸時代まで続いた。
明治中頃に 吉田小六という最後の傀儡師が廃業したことによって 完全に消滅してしまったが, 最近は 地元の商工会議所などが中心になって「くぐつ再興プロジエクト」を立ち上げている。

撮影日
2006年10月
碑文[1]
傀儡師故跡
人形操り発祥の地

傀儡師は一名くぐつ師とも云い人形まわしのことで
あります現在もこの地を産所と云いますが中世以来
西宮のゑびすさまに係わる人形まわしの一団がこの
附近に定住し傍ら全国津々浦々に人形をあやつりな
がら戎神の神徳をわかりやすく説いて廻りました室
町時代の末には京都の宮廷にも参入して上覧に供し
たことが屡々記録に見え またこゝの人形芝居の小
屋へは尼崎城主松平候の息女たちも度々見物に来
当時一般大衆に歓迎されてなかなか盛大であったの
が幕末の頃から衰徴して逐に惜しくも消滅してしま
いました西宮から操の技を伝えたと云われている淡
路や大阪文楽座の人形浄瑠璃はわが国固有の伝統芸
術として尊重され今日に至っているのであります
        西宮神社 名誉宮司 吉井良尚 撰

碑文[2]
傀儡師故跡

 この附近は昔産所といわれたところで一六九〇年頃には 四十軒程の傀儡師(人形操を業とする者)が住んでいた。
 傀儡師は遠く平安末期に現われ傀儡子・木偶まわし・ 人形まわしなどと呼ばれ諸地方を巡廻興行していたが 室町時代にはいるとその一部がこの産所の地に住みつき 西宮神社の雑役奉仕のかたわら神社のお札を持って諸国を めぐりお得意の人形を踊らせながらご神徳をひろめた。
一五九〇年頃にはその人形芸が 「えびすかき」又は「えびすまわし」と云われて全国的に 知られるようになりたびたび京都の宮廷で展覧を受ける までにもなった。さらにその後発展して淡路の人形座や 文楽人形浄瑠璃芝居へと成長していった。
 しかし一八五〇年ごろから彼らはおいおいこの地から なぜか姿を消してしまった。おそらくは世相の変遷や好みの 変化によるものと思われる。
傀儡師らは永らくこの産所の地に住み祖神と信ずる百太夫を 崇神して神社にまつり守護神としたがその社は産所の地が 一八四〇年ごろに衰徴するに至った時すぐ近くの 西宮神社の境内に移されて現存している。
      昭和六十三年三月三十一日


 
人形操り発祥の地 人形操り発祥の地
人形操り発祥の地 碑