発祥の地bannar
我国温泉都市計画第一号の地
 [わがくにおんせんとしけいかくだいいちごうのち] 


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場所
群馬県北群馬郡伊香保町 群馬県渋川市
 2006/3 旧・伊香保町は 2006年2月に 渋川市・北橘村・子持村・赤城村・小野上村と合併して 新・渋川市になった。
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榛名山の東麓にある 伊香保温泉。温泉街の中央に 南の伊香保神社に向って 300メートル, 360段の石段が延々と続く。
石段のほぼ中央に 黒い立方体の石碑が建っている。

伊香保温泉は 万葉集や古今集などにも登場する 非常に古い歴史ある温泉地。
特徴的な石段街は 長篠の戦いで敗れた武田勝頼が 真田氏に命じて作らせた。
当時温泉宿は 源泉の近くにあったが, 合戦による多数の負傷者の治療のため, 広い現在の場所へ移転した。この時 山上に湧きだしている温泉を効率よく宿に供給するために, 石段と温泉街が計画的に作られた, と言われている。

明治時代に入ると御用邸が開設され, また徳冨蘆花の著書「不如帰」の舞台となったことで 「伊香保温泉」の名が全国に知られるようになり, 政財界人・文人・外国人の避暑地として 栄えた。

撮影日
2005年1月  (写真提供 H.O.さん)
碑文
我国温泉都市計画 第一号の地
   伊香保温泉石段街

 この石段温泉街は, 戦国時代の末期, 織田信長が天下統一をめざして 武田勝頼と合戦した長篠の戦いの翌年である, 天正4年(1576年)に形成されました。
 それまで, 源泉地(湯本)付近にわずかな浴舎がありましたが, 当時, 近世伊香保温泉協同体成立の推進者達が, 新たに, 湯本より温泉を導き, 石段を造って中央に湯樋を伏せ, 左右に整然と区画されたそれぞれの屋敷に引湯して, 滝を配した浴場を造り, 温泉宿を経営しました。 こうして石段坂を中心に, 当時としては異色の温泉街が形成され, 今日に至りました。
 わが国第一号の温泉都市計画であり, 先駆的役割を果たして参りました。
    町制施行100周年記念 ―平成元年, 伊香保町―

This flight of stone steps and the hot springs lane were
originally established in the year 1576. At that time, the
area surrounding the spa's wellspring and the immediate
vicinity served as a hot-spring cure facility. In as much
as this areas quite novel in those days, the wellspring of
the spa was considered to be a priceless resource and the
flight of stone steps was erected in commemoration.
Also, the area was subjected to a very systematic sub-
dividing which in turn encouraged the construction of
hot springs inns. This led to the formation of a unique
hot springs town which remains to this day as the
forerunner of our country's first hot spring metropoli-
tan planning endeavor.

伊香保温泉 中央石段
 伊香保温泉 中央石段

我国温泉都市計画第一号の地碑
 我国温泉都市計画第一号の地 碑


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