発祥の地bannar
日本最初の屠殺場の跡
 [にほんさいしょのとさつじょうのあと]


場所
静岡県下田市柿崎
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下田湾の北東。海岸から100mほど北東に入った山裾に,曹洞宗の寺・玉泉寺がある。
山門を入ると正面に本堂,左側に墓地があるが,墓地の最前列に「日本最初の屠殺場の跡」と書かれた木碑が建っていて,横に立派な慰霊碑(牛王如来)が建っている。

下田駐在の領事に任命されたタウンゼント・ハリスは,日米の文化の違いにおおいに戸惑った。特に 食生活においては,肉食をしない日本人の食生活になじめなかった。そこで 役人たちとの困難な交渉の結果,特に領事館の米人に供するためだけに 牛肉を提供することになった。
と言っても 屠殺場があるわけではなく,寺の境内にあった仏手柑(ぶっしゅかん)の木に繋いだ牛を屠殺したのだという。寺の中で牛の屠殺をしたというのは驚きだが,当時は 大形生物の殺生をすることが忌み嫌われた結果,他に引き受けてくれる場所がなく このような結果になったのだろうか。また,一体どういう人が屠殺にかかわったのだろうか,興味あるところである。
横にある立派な慰霊碑(牛王如来)は,昭和になってから 東京の牛肉商が牛の供養のために建立したものだそうだが,その建立に経緯なども詳しく知りたいところである。

撮影日
2010年1月
碑文
日本最初の屠殺場の跡  (屠牛木)

当時,領事館員の食料のため仏手柑の幹に牛を繋ぎ屠殺せるもの,昭和六年四月八日東京牛肉商の手により牛王如来を建立し供養す。樹は枯れたためハリス記念館に保存す。
 後世村人は屠牛木と云う。

 This monument, erected 1931 by the butchers of Tokyo, marks the spot Where the first cow in Japan was slaughtered for human consumption. (Eaten by Harris and Heusken)


 
日本最初の屠殺場の跡碑 同 慰霊碑
日本最初の屠殺場の跡 碑
同 慰霊碑 (牛王如来)

移転先 http://840.gnpp.jp/tosatujo/