発祥の地bannar
湯川温泉発祥之地
 [ゆのかわおんせんはっしょうのち]


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場所
北海道函館市湯川町2丁目
コメント
函館市電の湯川停留所から 東に100m。
市電の終点に当たる“湯川町2丁目”交差点に面して 湯倉神社がある。 正面の参道石段の右手,歩道橋の裏側に 古い大きな石碑と,函館市が建てた説明板が建っている。

北海道には温泉がたくさんあるが そのほとんどが明治時代以後に開発されている。 その中で,湯の川温泉は 17世紀の初めに開かれたといわれ,松前藩主の息子が湯治したとか, 箱館戦争の際に 榎本軍が傷病兵をこの温泉で療養させたり,榎本武揚自身も時々入湯したと伝えられている。
大正・昭和にかけて,「湯の川八景」と呼ばれるほどの景勝地として親しまれ, 函館港が北洋漁業の基地として繁栄すると共に 有数の歓楽街として賑わい,戦前は「函館の奥座敷」と言われた。
現在 函館は毎年500万人が訪れる観光都市となったが,湯の川温泉は 近郊にありながら客数の減少傾向に 悩まされているという。

この碑は 1947昭和22)年に建てられたもので,碑の裏面に 長い碑文が刻まれているが 風化のため ほとんど読み取れない。

撮影日
2009年4月
碑文
湯川温泉発祥之地

(説明板)
    湯の川温泉発祥之地
 全国的に名高い湯の川温泉の起源は古く,湯倉神社に残る「元和3年(1617年)より湯座あり, 薬師仏を祀っていた……」という言い伝えにはじまる。
 承応2年(1653年)松前藩主氏広の子,千勝丸(のちの9代藩主高広)が不治の病にかかったとき, 母の清涼院が夢告でこの地に温泉があることを知り,千勝丸を湯治させ,全快したという。 喜んだ清涼院は,翌年,このお礼に薬師仏を祀る社殿(現在の湯倉神社)を改造し, 知内産の黄金で造った薬師尊像と唐金造りの鰐口を奉納している。
 明治維新の時,五稜郭を占拠した榎本軍は,傷病兵をこの温泉で療養させたり,また, 榎本自身も時々入湯したという。
 湯の川の語源は,アイヌ語で「ユベツ」といい,「ユ」は湯,「ベツ」は川の意味で, 「湯の流れる川」のことである。
 泉質は,ナトリュウムカルシュウム塩化物泉で,神経痛,リューマチ,胃腸病などに効果がある。
 この碑は,湯の川温泉の発祥を記念して昭和22年に建てられた。
                              函館市


 
湯川温泉発祥之地碑 湯倉神社
湯川温泉発祥之地 碑
湯倉神社


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