発祥の地bannar
粟田焼発祥之地  [あわたやきはっしょうのち] 


場所
京都府京都市東山区中之町
コメント
平安神宮から 神宮道を南に下り, 三条通りにぶつかって 1ブロック東に進むと, 粟田神社の参道がある。
この細い道の入口近く,「粟田神社」の石標の隣に 「粟田焼発祥之地」 と刻まれた石碑が建っている。
この石標は 粟田口界隈が 粟田焼発祥地 であることを示している。

この付近 (蹴上から白川橋あたりまで)は「粟田口」と呼ばれ, 京都に出入りする七口(関所)の一つであった。
粟田焼は 京焼の一種で, 寛永のはじめ頃 三文字屋九右衛門が瀬戸より来て 粟田口三条に窯を造ったのに始まるといわれる。
初期は銹絵・染付陶器を生産したが,野々村仁清が 上絵付色絵陶器を完成した後は 色絵の高級陶器を焼く代表的窯場となった。
しかし 明治維新後は衰微し, 京焼は ここより南の 東山山麓に沿って「清水焼」 として発展した。

   

撮影日
2004年6月
碑文
粟田焼発祥之地
  平成元年十月吉日
  青蓮院門主 慈洽書
  粟田焼保存研究会建之

 
粟田焼発祥之地碑 粟田神社
粟田焼発祥之地 碑
粟田神社