発祥の地bannar
生け花発祥の地(華道発祥之地)
 [いけばなはっしょうのち] 


場所
京都府京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町
コメント
“烏丸御池”交差点から南へ500メートル。六角通りを東に入ると すぐ左に 「紫雲山 頂法寺」がある。この寺の本堂(別名「六角堂」)の正面の 左右の柱に 「華道発祥之地」と書かれた看板が掲げられている。

頂法寺は 聖徳太子が創建したと伝えられ, その本坊は「池坊」と呼ばれて 華道「池坊」の家元でもある。
六角堂の前に 次のような説明文が掲示されている。

       六角堂
 寺号を紫雲山頂法寺と号する寺で, 本堂 が六角宝形造であることから, 一般に「六角堂」 の名で人々に親しまれている。
 開基は, 聖徳太子で, 四天王寺建立の用材を 求めて太子がこの地を訪れた時, 霊告によってこ の地に御堂を建て, 守護仏の観音像を安置したのが 始まりと伝えられている。早くから人々の崇敬を 受け, 弘仁13年(822)には嵯峨天皇の勅願所 となり, また長徳2年(996)には花山法皇の 御幸があり, 西国三十三ヶ所観音霊場(現18番 の札所)となったと伝える。建仁元年(1201), 親鸞上人が当寺に百ヶ日間参籠して霊告を受け, 後に真宗を開宗する根源となった。
 本堂には, 聖徳太子の持仏と伝える本尊如意 輪観音像, 親鸞像, 毘沙門天立像(重文)など を安置する。本堂前の六角形の礎石は臍(へそ)石と いい, 古来, 京都の中心にあたるとされてきた。
 また, 本堂北の本坊は, 池坊と呼ばれ, 室町 時代以降, 多くのいけ花の名手を輩出したと ころで, 華道発祥の地として有名。現在も 池坊華道の拠点となっている。
              京都市

(2007.7 追加)
6月に 再び六角堂に行ったら, 本堂に向かって左手奥に「いけ花発祥の地」という 横長の立派な石碑があることに気づいた。
考えてみれば, 前回は 本堂の右手だけしか見て回った記憶がない。 左手にも境内が広がっていることを うかつにも見逃していた。

発祥碑の背後には『池坊専応口伝』という文書が掲げられていて, 次の説明が添えられている。

    『池坊専応口伝』について

いけ花発祥の地モニュメントの背景となっている文 書は, 『池坊専応口伝』の冒頭の部分です。
十六世紀の中頃, 池坊家の祖先, 池坊専応がその弟 子に授けた花伝書で, 「瓶に美しい花を挿すこと」 と, 池坊が伝える「よろしき面影をもととする」い けばなの違いを説いています。
川端康成氏はノーベル賞を受賞した時, 「美しい日 本の私」と題した記念講演の中で, 日本美術の特質 と伝統について述べ, この花伝書を引用して, いけ ばなが小さい瓶上に大きい自然を象徴するものであ ること, 「野山水辺をのづからなる姿」を花の心と して, 破(わ)れた器, 枯れた枝にも“花”があり, そこ に花による悟の種がある――と解説され, 各方面 から注目されました。
池坊ではこの花伝書を『大巻(おおまき)伝』といい, いけばな の根本を示す花伝書として代々継承して, 今も相伝 を続けています。

撮影日
2004年6月, 2007年6月
碑文1
(2007.7 追加)
いけ花発祥の地

    六角堂頂法寺
      華道家元
        池坊

    六角堂頂法寺管主
      華道家元四十五世 池坊専永

碑文2
華道発祥之地     (六角堂 本堂正面の看板)


(2007.7 追加)

いけ花発祥の地碑
 いけ花発祥の地 碑


華道発祥之地看板 六角堂
華道発祥之地 看板
六角堂
山門前の標石

六角堂
 六角堂
 正面左右の柱に
 「華道発祥之地」と書かれている