発祥の地bannar
百匹目の猿現象発祥の地
 [ひゃっぴきめのさるげんしょうはっしょうのち] 

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場所
宮崎県串間市市木
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JR日南線の南郷駅から 南に10km。国道448号(日南フェニックスロード)に面して 京大霊長類研究所 の施設がある。“幸島入口”という標識を東に入り 海岸に出ると,正面に 猿の生息地として知られる幸島がある。
幸島に向かい合う砂浜に「100匹目の猿現象発祥の地」という石碑が建っている。
この発祥碑は,串間市の市制50周年を記念して行われた「百匹目の猿まつり」を記念して 2004(平成16)年に建てられた。

発祥碑が建つ海岸から 150mほど先にある幸島は,周囲 3.5Kmの小さな無人島。 ここに100匹ぐらいのニホンサルが生息していて,ここの一部のサルはサツマイモを海の水で洗って食べる。
幸島のサルを研究していた京大のチームは,1952年に サツマイモによる餌付けに成功。 1953年には 1匹のメス猿が“砂のついたサツマイモを水で洗う”という画期的な行動を始め, この行動は 少しずつ群れの中へ伝わっていったことが観察された。
さらに数年後,大分県の高崎山の猿の間にもイモ洗い行動が見られた。
これらの事実から,イギリスの生物学者ライワル・ワトソンは 著書の中で, サルの芋洗い現象が 幸島から遠く離れた高崎山へ伝搬した「百匹目の猿現象」と名づけて発表した。

幸島で 少しずつ数年かけて広まっていった芋洗い行動が,ある閾値 (ワトソン博士は 仮に100匹としている) を超えると,まるでテレパシーでも使ったかのように 幸島の群れ全体に短時間のうちに広まり, さらにここから 200kmも離れた高崎山まで伝わった,という不思議な現象が起きたという仮説である。

しかし実際には,幸島のサル全体に広まったという事実はなく 創作であることをワトソン博士自身も 認めていて,「百匹目の猿現象」は科学的に認められた現象ではない。
撮影日
2008年10月

 

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