発祥の地bannar
人体解剖発祥の地
 [じんたいかいぼうはっしょうのち] 


場所
静岡県浜松市三組町
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JR東海道線の浜松駅の北西 およそ1.3キロ。菩提寺の境内に 下の写真に示す碑が建っている。

菩提寺は 山号を“発心山”という浄土宗の寺で, 元・浜松城主 松平左馬允忠頼が 両親の菩提のために創建した寺。江戸時代は一般の檀徒はなく, 家臣や文化人だけの寺で, 「殿さま寺」と呼ばれていたという。

日本における人体解剖(腑分け)は, 1771(明和8)年に 杉田玄白・前野良沢らにより, 江戸の小塚原で 死刑囚に対して行われたのが 最初とされる。
この地で行われたのは“浜松における”最初の人体解剖 という意味と解釈できる。

菩提寺の境内には「長谷川直盛之墓」「藤井仙十之墓」と刻まれた2基の墓碑がある。 「西遠医会」という文字も見られる。“西遠医会”は“西遠州の医師会”の意味であろう。
「浜松の史跡」という 浜松史跡調査顕彰会が編纂した資料によると, 明治初期の浜松地方は 医学の面でかなり先駆的な動きをしていたようで, 明治初年には 県立浜松病院が開設され, 同時に浜松医学校が創立され, 医療活動および 医師の養成, 医学の研究に力が入れられた。
上の2人の墓碑は, 浜松における最初の人体解剖が行われたことを記念するもので, 同時に 解剖の遺体を提供してくれた2人を供養する碑であるという。 藤井仙十は 明治15年, 長谷川直盛は 明治17年に, 西遠医会の有志によって この菩提寺で解剖された。

撮影日
2005年5月    (写真提供 K.Y.さん)
碑文
人体解剖発祥の地

  (碑文なし)

人体解剖発祥の地碑 長谷川直盛・藤井仙十の墓
人体解剖発祥の地 碑
藤井仙十・長谷川直盛の墓