発祥の地bannar
地震学発祥記念碑
 [じしんがくはっしょうきねんひ]

場所
東京都文京区弥生1丁目
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東京メトロ・南北線の東大前駅から 東に150m。
東京大学・本郷キャンパスの広い構内の北のはずれ(農学部の北)に 東大地震研究所がある。
地震研究所の門前に造られた 高さ1.5mほどの石垣の上に, 地震計をかたどったモニュメントと石碑[写真1]が建つ。
さらに その左横に設置された タイムカプセルの蓋に, タイムカプセルを 設置した由来を示すプレート[写真2]が取り付けられている。

東大地震研究所は, 最初文部省直轄の研究所として 1928(昭和3)年に建設された。 場所は 東大本郷キャンパスの中心部(安田講堂の裏側)であった。
戦後 東京大学付属の研究所となり, 規模の拡大に伴い手狭になったため, 1960年代に 現在地に移転した。

1981年ごろ 旧研究所の建物の解体に伴い, 現研究所の門前に 地震計をかたどったモニュメントと “日月の飾り”(旧研究所の建物の飾りに付けられたレリーフ) および 石碑が建設された。
さらに 1998年, 下水道工事に伴い 日月のレリーフは取り壊され, 現位置に石垣を造築して移設した。 同時に研究所の歴史的資料などを集め タイムカプセルとして ここに埋設した。
これらの石碑などは 少し高い位置に設置されているため 目立たない存在になっており, 門前を通行する人にも, 東大の学生や職員たちにも あまり知られていないのではないかと思われる。

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撮影日
2007年7月
碑文1
(地震学発祥記念碑)

大正14年11月14日に地震研究所設立の官制が施行され, 安田講堂裏に建物が つくられることとなった。昭和2年3月に着工し, 翌3年3月に竣工した。建物は 地下2階付きの鉄骨鉄筋コンクリート構造2階建てで, 建築学科教授内田祥三先生 が設計されたものであった。大地震が襲来しても建物内で観測や研究が出来るよう にと, 当時の標準設計震度の2倍の計算で設計された。正面玄関の壁面には日月の 凹みの模様があり, また, 玄関に近い西壁面には地震計を型どった石飾りがあった。 これらはやはり建築学科の岸田日出刀先生の手になったものである。地震研究所が 昭和38年から45年にかけて現在の場所に順次移転した後, 安田講堂裏の建 物は他部局が使用していたが, 理学部の増築計画により昭和56年11月取り壊 されることとなった。地震研究所発足から40有余年, 黎明期における地震学研究 の輝かしい業績を生み出した旧地震研究所の建物を永く記念すべく, 岸田先生の手 になる石飾りの地震計と日月を切り取り組合せてここの建立する。
                          昭和58年11月

碑文2
(タイムカプセル)

近代的地震学の確立や地震火山現象解明のための本所 の苦闘の歴史を記念して1983年に埋設・保存された下記 の物品を, 東京都下水道工事による正門改築に伴い ここに移設し, 新しい時代へ伝える。

  地震学発祥記念碑建立奉告祭司
  第一回地震研究所協議会(現教授会)議事録
  地震研究所50年の歩み
  地震研究所要覧(1982)
  地震をさぐる
  東京大学職員録(昭和58年度版)
  創立50周年記念 鯰文鎮
  地震研究所旧館全景写真及び関係者集合写真
          1998年10月 東京大学地震研究所


 
[1]地震学発祥記念碑 [2]タイムカプセルの蓋
[1]地震学発祥記念碑
[2]タイムカプセルの蓋
(プレート)

東大地震研究所
 東大地震研究所


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