発祥の地bannar
南学発祥之地
 [なんがくはっしょうのち]


場所
高知市春野町弘岡中
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JR土讃線の枝川駅から南南東に8km。 高知道“土佐”インターから国道56号(中村街道)を北東方向に進むと“御殿”バス停付近に“ラーメン店豚太郎”春野店がある。この近くに白っぽい自然石に「南学発祥之地」と刻まれた石碑が建っている。

南学とは,南北朝時代の中国では,北朝の儒学を北学と呼ぶのに対して南朝で行われていた儒教を指す。しかし日本では“土佐における朱子学”を「南学」または「土佐南学」という。「海南学派」とも呼ばれる。
朱子学は鎌倉室町時代に宋に留学した禅僧達がもたらし,京都を中心に発展した思想だが,応仁の乱によって禅僧たちは地方へ疎開し,各地に禅寺を建て朱子学を講じた。薩摩に渡ったものが“薩南学派”であり,土佐では“海南学派”である。

この地は土佐南学の開祖と伝えられる南村梅軒が儒学を講義した講堂跡と伝えられ,高知県の史跡に指定されている。
梅軒は周防山口の人だが 土佐に迎えられ,吉良氏および長宗我部氏に朱子学を講じ,その思想を基に“長宗我部百箇條”などが生れた。南学は朱子学の単なる解釈ではなく,義理名分と実践を重んじたものであり,土佐藩学の中心であった。
長宗我部氏改易・断絶後も土佐の国内で脈々と生き残り,幕末に至って 坂本龍馬や武市半平太ら土佐勤王党の天皇親政の思想につながり,明治維新を導く原動力の一つとなった。

撮影日
2014年5月 (写真提供 K.T.さん)
碑文
南学発祥之地

 
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