発祥の地bannar
日本地質学発祥の地
 [にほんちしつがくはっしょうのち]      (2006/4 全面書換)


場所
埼玉県秩父郡長瀞町
コメント
秩父鉄道・上長瀞駅の北東 約400mに, “埼玉県立自然史博物館”がある。 この入口の道路に面して 『日本地質学発祥の地』と刻まれた大きな石碑がある。(写真[1])

この地が「発祥の地」と呼ばれる由来は 下記の碑文に書かれている。
碑の近くにある 自然史博物館が建てた説明板によると, この記念碑に使われた石は, 「『赤鉄石英片岩』と呼ばれる この地域一帯に薄く広く分布する石」で, 「碑は 岩石の自然の割れ目をうまく利用して, 前後は『節理』と呼ばれる平らな割れ目, 左右は『片理』という薄く割れる面からなっている」と, 自然史博物館ならではの説明が書かれている。

この碑とは別に, 秩父鉄道・長瀞駅の南東 400m。秩父鉄道の東側を南北に通る道路に面して [地球の窓『長瀞』」(写真[2]) という説明板が立っている。
こちらには より詳しい説明があって, 両方を合わせて読むと 更に理解が進む ような気分になる。

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撮影日
2006年3月 (写真[1] 提供 T.K.さん)
2005年9月 (写真[2] 提供 H.O.さん)
碑文[1]
日本地質学発祥の地

  「発祥の地」の由来
 明治10年東京大学に地質学科が創立 され, 近代地質学が初めて日本に導入さ れると翌年には, 初代教授ナウマン博士 が長瀞を調査している。以来長瀞一帯は, 我が国地質学上重要な研究の拠点とな り, 多くの地質学舎を育て, 日本地質学 発祥命と言われるようになった。

碑文[2]
地球の窓「長瀞」
        国指定 名勝及び天然記念物
        大正13年12月9日 指定

 長瀞の美しい渓谷は, 地下20〜30キロメートルの高 圧化でつくられた結晶片岩が隆起し, 荒川の清流に磨かれ てできたものです。
 明治10年に近代地質学が日本に導入されると, 翌年に はナウマン博士が長瀞を訪れました。以来長瀞は, 多くの 研究者や学生が訪れるようになり, 「日本地質学発祥の地」 といわれています。
 岩盤は幅50メートル, 長さ600メートルにおよぶ 広大な岩石段丘です。ここは, かつての荒川の流れ出でき たポットホールをはじめ, 断層やしゅう曲などがみられ, 地 質学の宝庫として自然観察の絶好の場となっています。


 
[1]日本地質学発祥の地
 [1] 日本地質学発祥の地
[2]「地球の窓『長瀞』」
[2] 地球の窓『長瀞』


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