発祥の地bannar
日本盲唖教育発祥地
 [にほんもうあきょういくはっしょうのち] 


場所
京都府京都市上京区橋西二町目  (日本盲唖教育発祥地)
京都府京都市中京区船屋町  (日本最初盲唖院開学地)
京都市上京区東裏辻町  (日本最初盲唖院創建地)
コメント
京都・晴明神社の600メートルほど南, 堀川通りからニ筋西にある瓦店の前にひっそりと 小型の石碑(「日本盲唖教育発祥地」写真[1])が建っている。

京都における視覚・聴覚障害者に対する教育は,日本で最も早く開始され,以下のように 関連する石碑が3本建てられている。

1873(明治6)年, この地にあった 待賢小学校内で 聾唖教育が開始され,数年後には 盲教育も始まった。《日本盲唖教育発祥地》
1878(明治11)年には 東洞院御池上る船屋町に移転し「日本最初盲唖院」と改称。《日本最初盲唖院開学地》
翌年には 京都第二赤十字病院付近に移転し「京都市立聾唖学校」となった。《日本最初盲唖院創建之地》
これが 日本最初の公立盲学校・聾唖学校である。 その後「京都府立聾唖学校」を経て, 1932(昭和7)年 「京都府立聾学校」となり,1951(昭和26)年 右京区御室に移転し, 現在に至っている。

撮影日
2004年6月
2010年1月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
日本盲唖教育発祥地
  (碑文なし)

 
[1]日本盲唖教育発祥地碑 [2] 日本最初盲唖院開学地碑 [3] 日本最初盲唖院創建之地碑
[1] 日本盲唖教育発祥地 碑

[2] 日本最初盲唖院開学地 碑

[3] 日本最初盲唖院創建之地碑