発祥の地bannar
歯科医学教育発祥之地
 [しかいがくきょういくはっしょうのち] 


場所
東京都港区三田4丁目
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京浜急行 泉岳寺駅から 伊皿子坂・魚籃坂方面に向かう道路(都道415号)の “伊皿子”交差点に面して, 黒御影石の碑が建っている。

高山紀齋は 1875(明治8)年に わが国最初の歯科医師免許をとった人物で, その後さらにアメリカに渡って 米国の歯科医師の免許を取得した。
当時日本ではまだ 西洋歯科技術は全く理解されていない時代であった。
1890(明治23)年に この伊皿子の地に 歯科医学院を開設し, これが 東京歯科大学の前身である。その経緯は 下記の碑文に見る通り。

撮影日
2001年9月
碑文
歯科医学教育発祥之地

 高山紀斎は米国留学で得た理想を基にここ東京芝区伊皿子町七十番地に明治二十三(1890)年一月, わが国最初の歯科医学校として高山歯科医学院を設立した。 この学院には, 後の世界的細菌学者野口英世も教壇に立っている。 その後, 血脇守之助がこれを継承し, 東京歯科医学院, 東京歯科医学専門学校, 東京歯科大学として現在に至っている。 この地に端を発した近代歯科医学教育の精神は高山歯科医学院開設以来百有余年,脈々と今に引き継がれている。
     学校法人 東京歯科大学

 平成十年二月二十日建立
     学校法人 東京歯科大学
        理事長 井上 裕
     撰文
      東京歯科大学
        学長 石川 達也


 
歯科医学教育発祥之地 碑
歯科医学教育発祥之地 碑

歯科医学教育発祥之地 碑
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