発祥の地bannar
富山の電灯発祥地
 [とやまのでんとうはっしょうち]

場所
富山県富山市塩
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JR高山本線の東八尾駅から東に1.5km。
神通川に架かる新婦大橋の600m程南(上流)の東岸に 北陸電力の大久保発電所がある。
発電所の建物に向かって左側に 導水管があって,その手前に「富山の電灯発祥地」と書かれた 石碑が建っている。

大久保発電所は 北陸地方で最初,全国で3番目の水力発電所である。
1894(明治27)年に富山で開催された勧業博覧会にアーク灯が出品され,電灯を知らない住民を驚かせた。 出品したのは 大学を卒業したばかりの青年・密田孝吉。アーク灯は東京電燈から借用したものだった。
これを見て電灯の事業化を考えた実業家・金岡又左エ門は,神通川流域に水力発電所を建設することを計画, “富山電灯株式会社”を設立した。
当時は送電技術が未発達だったため,発電所は可能な限り市街地の近くに選ぶ必要があり. 富山市街地から12kmと近く 落差の大きい水力が得られる この塩地区が選ばれた。
1899(明治32)年に発電所が完成し,出力150kWの発電機により富山市内に電気の明かりが灯された。
これ以後 富山県内には 豊富な水力を利用して多くの発電所が建設され,紡績・金属・化学などの工場も 進出してきた。

撮影日
2009年8月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
富山の電灯発祥地

『富山の電灯』発祥地
      大久保発電所
明治28年(1895年)水力発電所の実現に青春を賭けた密田孝吉 青年と,後援を誓った若き実業家 金岡又左衛門は,富山市の 南方12km,飛騨街道に沿うこの塩地区を建設地点と定め, 固く手を握り合いました。
明治31年2月(1898年)二人は多くの困難を乗り越え,資本金 10万円の富山電灯を設立し,発電所の建設に着手。明治32年 (1899年)4月ついに完成。日本で3番目となった水車発電機 (出力120キロワット)を運転し,富山市に初めて電気の供給を開始 しました。当時の契約数は957灯。北陸地方で最初に電気事業 用として電気の灯を輝かし,ランプの暮らしに慣れた人々には 衝撃的な驚きでした。大正5年(1916年)には,電気の使用量 も増加し,国産の2号機(出力400キロワト)が増設されました。 初代の水車発電機は,昭和6年6月(1931年)にその役目を終え, 現在は富山支店神通電力部構内(旧大沢野町笹津)に展示され, 富山県電気史の夜明けを物語っています。
また,2号機も82年間にわたり運転されましたが,平成11年3月 (1999年)に新しい水車発電機(出力500キロワット)になりました。 北陸に初めて電気を灯して100年を迎え,現在でも地元の人々 に「塩の発電所」として親しまれています。
                  北陸電力


 
富山の電灯発祥地 碑 大久保発電所説明板
富山の電灯発祥地 碑
大久保発電所 説明板

大久保発電所
大久保発電所
(左下に発祥碑が見える)