発祥の地bannar
火伏せの虎舞発祥の地
 [ひぶせのとらまいはっしょうのち]


場所
宮城県加美郡加美町北町三番
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JR陸羽東線の西古川駅から西に5km。
国道347号(中羽前街道)が国道457号(羽後街道)にぶつかる交差点に多川稲荷神社がある。その正面入口の鳥居前に「火伏せの虎舞発祥の地」と書かれた石柱が建っている。

加美町中新田地区(旧・中新田町)は,奥羽山脈からの強風が吹き荒れるため,古くからしばしば大火に見舞われ大きな被害を受けていた。この風を防ぎ火災から逃れようと祈願した祭りが「火伏せの虎舞」と言われる。
「雲は龍に従い,風は虎に従う」という中国の故事にならい,虎の威を借りて風を鎮めようと祈願したことが「火伏せの虎舞」の始まりとされる。年に一度,4月29日に 少年たちが虎になり,祈りを込めてはなやかに舞う。その様子は「獅子舞」の獅子頭と衣装を「虎」に変えたものを想像すると近いかもしれない。

伝承によると,1354年(南北朝時代)に この地を治めた斯波家兼が三河の国から奥州管領として赴任して中新田城を築いた。城内に氏神として八幡神社と稲荷明神を祀り,毎年初午の日に稲荷明神の祭礼を行った。その祭に際して 虎舞を奉納したと言われている。

お囃子にのって色鮮やかな山車や虎が練り歩き,各家の防災と家内安全を祈願する。見どころの虎舞を演じるのは,訓練を重ねてきた地元の中学生たち。民家の屋根に上り 風を受けて舞う姿は大変勇壮である。

撮影日
2014年11月 (写真提供 まさ・なち さん)
碑文
宮城県指定重要無形文化財
火伏せの虎舞発祥の地

【宮城県指定重要無形文化財】
火伏せの虎舞は「雲は龍に従い、風は虎に従う」の故事にならい、稲荷明神の初午祭に虎舞を奉納した事が始まりとされ、言い伝えによれば斯波家兼公が文和三年(1354年)奥州管領としてこの地に赴いた時から続いているといわれる。現在、県の重要無形文化財である。
        平成三年三月 建立
             中新田町

 
火伏せの虎舞発祥の地碑
 火伏せの虎舞発祥の地 碑
虎舞の石像
 虎舞の石像