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日本発祥の地
 [にっぽんはっしょうのち]


場所
福岡県朝倉市甘木
コメント
甘木鉄道の終点・甘木駅前に, 「日本発祥之地 卑弥呼の里 あまぎ」と刻まれた 大きな自然石の石碑が建っている。

邪馬台国がどこにあったかについて “九州説”と“畿内説”の両論があるが, さらに具体的な場所については 両説ともいろいろな意見があるらしい。 九州説についてだけ数え上げても, 「博多湾一帯」「筑前甘木朝倉」「筑前島原」 「筑後八女」「筑後山門」「筑後川流域」「豊前京都郡」「豊前宇佐」など 多くの場所が候補地に挙げられている。

「日本発祥の地」は 甘木市の外に, 鹿児島県加世田市にもある。加世田市の方は 「天孫瓊々杵尊が笠狭之宮を開いた」ことを発祥の地だと言うのに対し, 甘木市は「卑弥呼の里があった」ことをあげている。
どちらが正当であるかを云々する問題ではないが, 現代人にとって 神話はなじみがなくなっているのに対し, 卑弥呼の話は 何となくロマンがあって, 個人的には 甘木市の「日本発祥の地」に 親しみを感じる。

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撮影日
2005年11月
碑文
日本発祥の地
   卑弥呼の里
     あまぎ

   卑弥呼の里, あまぎ・あさくら
 邪馬台国論争は, 古くは江戸時代からあるが, 産能大教授 安本美典先生他多くの学者は, 高天原は邪馬台国で, それは 甘木朝倉地方であり, 邪馬台国の女王 卑弥呼は天照大神である としている。この地方は, いたる所に貴重な遺跡が発見され 「遺跡の宝庫」といわれている。特に福田台地とその周辺は国指定 史跡小田茶臼塚古墳や, 平成4年12月に発掘された 平塚 川添遺跡は邪馬台国時代の多重の環濠をもつ集落として, 又, その当時の「クニ」の様子がうかがえると注目され, 平成 5年11月19日に国指定史跡となった。これらの遺跡からの 出土品の数々は甘木歴史資料館に展示されており, 古代の 中国大陸や朝鮮半島との文化交流や, 我が国における原始的 国家形成の跡を無言のうちに象徴している。日本古代史 研究者の中で注目を集めている邪馬台国東遷説は, 大和 朝廷の前身が九州にあった邪馬台国であろうとするものである。
 甘木地方には三笠山・平群・三輪雲堤など, 大和 地方と共通の地名が, よく似た盆地状の地形の中に同じ位置 関係で残されていることから, ここが大和の故地であると考える のである。甘木朝倉地方には卑弥呼や神功皇后にかかわる 伝承が数多く残されている。斉明天皇が朝倉に宮を置いた ことも併せて, 注目すべきことである。また, この地域を流れる 安川(甘木川)は, 高天原の川といわれる「天の安川」 とも考えられており, その清流は今なお往古の「ロマン」を とどめている。
 この地の豊かな歴史的遺産を顧み, 「夢とロマンの 邪馬台国」のシンボルとして, ここに「卑弥呼の里, あまぎ・あさくら」の碑を建立する。
        寄贈
          甘木商工会議所青年部


 
日本発祥之地・卑弥呼の里碑 甘木駅
日本発祥之地・卑弥呼の里 碑
甘木鉄道・甘木駅

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