発祥の地bannar
“鶴ヶ島”発祥の地
 [つるがしまはっしょうのち] 


場所
埼玉県鶴ヶ島市脚折町1丁目
コメント
関越道と国道407号の交差点 (関越道 鶴ヶ島IC の出口)。日産・トヨタ などのカーディーラーが並んでいるが, その一つ 埼玉マツダの店舗前に 大きな松の木と「鶴ヶ島市指定史跡」という白い標柱があり, それらとならんで 発祥碑が建っている。

この辺りは昔“脚折”という地名で, 南方の“雷電池”方面から流れ出る清水によって 水田や沼地が広がっていた。 その中に小高い島状の地があり, そこにあった松に鶴が巣篭もったことから 「鶴ヶ島」という地名(字名)が付けられた と伝えられている。
これが 鶴ヶ島市 の地名の由来である。

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撮影日
2004年12月  (写真提供 H.O.さん)
碑文
“鶴ヶ島”発祥の地記念碑

 「鶴ヶ島」の由来は, その昔この島の松の 木に鶴が巣籠ったからだといい伝えられてい ます。その時代は伝承によると, 上杉家が関 東管領の節といわれ, 上杉家の家臣太田道灌 が川越城を築いた長禄元年(1457)頃の ことです。
 この島は最近まで, 泥深い湿田に取り囲ま れ, 四周の台地には, 人家は一軒もなく, う っそうと「叢林」が生い茂っていました。 500年くらい前には, 雷電池はずっとずっと広 く, そこから湧き出る清水がこの島の周囲を 幾筋もの細流となって取り巻き, このあたり 一帯を芦荻(あしおぎ)生い茂る沼沢地にし ていたと思われます。人影もないこの静寂な 別天地で, 松の樹に鶴が巣を作り, ひなを育 て, やがて大空高く飛翔したというのです。 この松は男女相生で, 明治初年には, 老松だ ったと記録されていますが, その後野火に焼 けたりして, 現在は三代目の松だと言われて います。
 近年, 近代化の波により国道407号が南 北に走り, 関越自動車道が東西に横断し, 区 画整理のために周囲が埋め立てられ, 昔の面 影をしのぶ姿はもうすっかりなくなってし いました。しかしこの地は市に残る数少ない史跡 であり, 特に「鶴ヶ島」発祥の地でもありま すので, 遠い祖先から今日まで大切に保存し てきた多くの人々と同心持ちで, 未来に伝 えていきましょう。
    平成3年9月1日
        鶴ヶ島市指定史跡(昭和49年11月指定)
              鶴ヶ島市教育委員会

“鶴ヶ島”発祥の地記念碑
 “鶴ヶ島”発祥の地記念碑

“鶴ヶ島”発祥の地記念碑
 “鶴ヶ島”発祥の地記念碑


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