発祥の地bannar
葛西ばやし発祥の地
 [かさいばやしはっしょうのち] 


場所
東京都葛飾区東金町6丁目
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JR常磐線・金町駅の 700m東。江戸川の堤防の内側に“葛西神社”がある。
神社の境内に 大きな「葛西ばやし碑」の碑(写真[1]) が, また 参道入口の鳥居脇に 葛飾区が建てた「史跡 葛西神社 (葛西ばやし発祥の地)」碑(写真[2]) が建っている。

「葛西ばやし」は 祭りばやしの元祖で, 葛飾方面の農村に伝わってきた郷土芸能。
今から300年前, 享保のはじめに 葛西神社のの神官 能勢氏が 敬神の和歌に合わせて旋律を工夫し, 村内の若者達に教えたのが起源とされる。
この葛西ばやしは その後各地に広がり, いくつもの流儀を生んだ。 戦前までは単に「おはやし」あるいは「和歌ばやし」「馬鹿ばやし」などと呼ばれていた。
太平洋戦争後, 有志によって「葛西ばやし保存会」を結成し, 昭和28年 東京都より無形文化財の指定を受け 今日に及んでいる。
現在, 葛西神社の例大祭や 酉の市などの祭事に演奏されるほか, 毎年10月1日の都民の日には 各地の名人がここに集まり 腕前を競うという。

撮影日
2004年1月
碑文1
東京都指定無形文化財 葛西ばやし碑
        葛西神社宮司香山善之輔書

(裏面)
   葛西ばやしは 葛飾方面に古るくから伝はる郷土芸術の一とつである 享保の初年 葛西金町の鎮守香取神社の神主 能勢環氏の郷土の青少年の情操に思いをいたし 和歌ばやしといふ一種のはやしを教え 次第に江戸近郷の祭礼に愛賞され 神霊を慰めたのがその起因といわれる 後ちに葛西はやしとなって再来 文化の進取と共に郷土色豊かな祭りばやしとなって 現代に至ったのである 昭和二十六年 区内有志により葛西ばやし保存会を創設し 一段と技能 研精に努め 同二十八年十一月三日 東京都より無形文化財の指定を受けたのである 偶々今秋社殿の落慶を記念し これが起因を石に刻して もって後代に伝ふ
      昭和四十年十月建之
          葛西神社宮司香山善之輔        葛西ばやし保存会 葛飾区文化協会長森田常作
              同   史談会  入本英太郎

碑文2
史跡 葛西神社 (葛西ばやし発祥の地)

当社は, むかし香取宮と称し 元暦元年(1184) 下総国香取神宮の御分霊を勧請し 葛西三十三郷の総鎮守として創立したものと伝えられ, 天正十九年(1591)十一月 徳川家康より御朱印十石を賜った。 享保年間 当社の神官能勢氏の創作した「和歌ばやし」は後「葛西ばやし」として 江戸市中をはじめ近郷一帯の祭礼時に「はやし」として流行し, 今なお 当地方の郷土芸能の一つとして伝わり, 昭和二十八年十一月三日, 東京都無形文化財に指定され 今日に至る。
           葛飾区
           葛飾区観光協会

[1]葛西ばやし碑 [2]葛西ばやし発祥の地
[1]葛西ばやし碑
[2]葛西ばやし発祥の地

葛西神社
 葛西神社