発祥の地bannar
古内茶発祥の地
 [ふるうちちゃはっしょうのち]


場所
茨城県城里町大字下古内
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JR常磐線の内原駅から北に約8km。
藤井川ダムの上流に 臨済宗の寺・清音寺がある。寺の入口に案内看板があり, 「古内茶発祥の地」の文字が書かれている。

清音寺には「古内茶発祥の地」の碑が建っているという情報もあるが, 探し方が悪かったのか,境内を歩き回っても見つけることができなかった。

茨城県のお茶は,県北部の大子町を中心に産する“奥久慈茶”,県南の坂東市付近の“猿島茶”, それに 水戸市に近い県中央部の城里町を中心に産する“古内茶”があり, 最近は これらを総称して“水戸茶”とも呼ばれる。
茶樹は温暖多湿な気候を好むため 北国では栽培が困難で,茨城県はお茶の経済的栽培の北限とされる。 このため茨城県のお茶の生産量は多くないが,高い品質により人気が高い。

古内茶の起源は古く,室町時代初期に栽培が始まったといわれる。
江戸時代,ここ清音寺に産するお茶を 水戸光圀に献上したところ,味のよさに感嘆し“初音”と命名した。 これ以後 古内地区一帯で広く栽培されるようになったと伝えられている。 “初音”の母木は今でも寺の境内に残っていて,清音寺は「古内茶発祥の地」と呼ばれている。

撮影日
2009年1月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
(案内看板)
清音禅寺(禅臨済宗南禅寺派)

 前半は仁明帝の勅願寺,後半は復庵大光禅師の古 禅林護国の海印道場で太古山獅子院清音禅寺という。
 草創大同四年(809)弘法太師草庵を構え,承 和四年(837)真雅僧正が堂宇を建立し,東国鎮 護の修法道場とし浄光寺と号す。仁明帝より東夷鎮 護山の勅額を賜る.源頼義,頼朝,実朝厚く崇敬 す。嘉禎三年(1237)罹災。
 創建吉野朝時代文和元年(1352)常陸領主佐 竹義敦が復庵大光禅師を招き開山す。後兵火に二 回罹り,佐竹氏秋田へ移封後衰う。然し徳川家康の 助力に拠り,慶長七年(1602)復興。水戸義公 も来遊し名吟其の他などを残す。明治維新の際寂(おとろ)え 名宝四散す。昭和十五年罹災。昭和二十六年再興 同三十二年一応整備成る
一.史蹟  宝篋印糖(石造)墳墓三基
      菩提 常陸守佐竹貞義公
      当山開山 復庵大光禅師
            城里町指定有形文化財
一.事績  古内茶発祥の地
      名茶母木「初音」水戸光圀命名
一.名所  「古内の里」水戸領三十二景の一つ
          水戸義公指定 (郷光遺聞)
 太古山風致山林一円は自然環境保全地域として寺境内
  に武家文化ラインとして各々の県の指定となっている
            城里町教育委員会


 
清音禅寺 案内板
清音禅寺 案内板