発祥の地bannar
行者そば発祥の地
 [ぎょうじゃそばはっしょうのち] 


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場所
長野県伊那市伊那内ノ萱
コメント
JR飯田線の伊那市駅から 西に6km。
小黒川沿いに 駒ヶ岳登山道に通じる道路を上流にたどると, 途中に 駒嶽神社の鳥居がある。
山の斜面に広がる境内に「行者そば発祥の地」の石碑と その由来を記した副碑が建ち, さらに 商工会議所が設置した「信州そば発祥の由来」説明板など いろいろと賑やかに並んでいる。

下記の碑文を見て おや? と思う人もいると思う。どうも“行者そば”と“信州そば”という言葉が ゴチャまぜに使われているようだ。
「奈良時代に 駒ヶ岳の修行に向かう行者(役小角)が, ここ内ノ萱の里人から手厚いもてなしを 受けたお礼に 一握りのそばの種を贈り, 里人はその種を大事に育て“行者そば”と呼んだ。 やがてこれが信州一円に広まり “信州そば”と呼ばれるようになった」ということで 2つの名前を 持つことになったらしい。

さらに“行者そば”は“食べ方”につけられた名前でもある。
行者そばは, そばつゆに 焼き味噌を溶いて入れた辛つゆに, 辛子大根(高遠大根)のおろしとネギを 薬味に添えて食べるのが特徴。
発祥碑のある神社から 数百メートル北東に「梅庵」というそば店がある。 知る人ぞ知る 有名な店だという。交通の便の極めて悪いこんな場所に客が来るのだろうか と 心配になる雰囲気の場所だが, 結構 そば好きの連中が車で集まってくるらしい。

例年10月中旬には ここ内ノ萱で「行者そば祭」が行われ, 駒嶽神社に新そばを奉納し 参加者にそばを振る舞う。いつも行列ができる人気だという。

撮影日
2007年10月
碑文1
行者そば発祥の地
  伊那市長 原久夫書

(副碑)
  行者そば発祥の由来
 遠く奈良時代の始め西暦 七〇〇年頃, 修験道を確立 した役小角(えんのおずぬ) が最後の修行の場として, 駒ヶ岳に登る途中, 内ノ萱 の村人の温かいもてなしの 礼にと山間の高冷地でも実 る一握りの蕎麦の種をおい て行ったという。やがて, 数百年を経てこの行者そば は, 信州一円に拡がって行 ったと伝えられている。

     寄付者御芳名
   服部製麺所     鈴木 千明
   (有)室岡造園土木  (有)大上仕出し店
   伊那食品工業(株)  (株)高山
   (有)会館つしま   だるま
   神山 公秀      長田 文男
   北原 一利      八十二銀行
   北原 世界幸     御子柴土建(株)
   熊谷 勝昌      御子柴 正
   エビヤ鉄工設備(株) (有)宮島酒店
   KOA(株)       鈴木 利男
   唐木石材点     内田 光和
   NCC(株)       田中 温
   (有)あいや旅館   有賀 七蔵
   (有)アサヒゴルフ  天野 正文
   荒木 茂       北原 一正
   伊那信用金庫    久保村 与志恵
   伊那農協      鎌倉 隆義
   (有)小椋文具    白鳥 源明
   唐木 政人      中村 信一
   北野屋精肉店    唐沢 佳美

(説明板)
  信州そば発祥の地の由来
 今からおよそ1300年の昔 修験道(密教宗教の一つ)の開祖として 知られる呪術を修た高名な僧 役小角(えんのおずぬ)という人が西駒ヶ岳に 登り修行したといわれております
役小角は全国各地に霊山を開 き山岳信仰を広めた行者の元 祖といわれ, 宗派確立に向け た最後の修行の場として信濃 国は西駒ヶ岳をえらび東山道 を通って小黒川沿い駒ヶ岳に 登山したのです
途中立ち寄った, 小さな部落 この内の萱の里人たちにお世 話になったお礼にと一握りの 「そば」の種を手渡されたのです 内の萱の里人たちは役小角か らもらった一握の「そば」の種を 大事に育て「行者そば」と呼んで おりました
 やがて信濃国も山岳信仰の 広がりと共に各地に霊山が開 かれ信仰の場となった 戸隠 などをはじめ霊山のふもとの 人里にこの内の萱で収穫され た「行者そば」の種が行者たちの 手によって運ばれ信濃国全域 にひろがっていったのですそれ が今「信州そば」といわれ全国的 有名なそばと発展したのです
             伊那市商工観光課

行者そば発祥の地碑 行者そば発祥の由来碑
行者そば発祥の地 碑
行者そば発祥の由来 碑

そば店 梅庵
 そば店“梅庵”


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