発祥の地bannar
甲州ぶどう発祥の地
 [こうしゅうぶどうはっしょうのち] 


場所
山梨県東山梨郡勝沼町勝沼
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JR中央線・勝沼ぶどう郷駅の南, 直線距離で約1.5km のところに, 真言宗の寺 柏尾山大善寺(通称 ぶどう寺)がある。 客殿・庫裏を右に見て 石段を上ったところに 楽堂と薬師堂(本堂)があって, 楽堂の横に 写真の 発祥の地の説明板が建っている。

大善寺の開創は 718(養老2)年に遡る。
1582(天正10)年, 織田信長と争った武田信玄が死去し, 武田勝頼は 岩殿城で再興をはかるべく 韮崎を出て 途中この大善寺で戦勝祈願をした。しかし 一夜明けてみると 家臣の大半が離散し, 岩殿城主にも裏切られて, 勝頼は家臣とともに自決し 武田家は滅亡した。
その一部始終を目撃した 理慶尼が記した「理慶尼記」は 「武田滅亡記」ともいわれ, 大善寺に今なお大切に保管されているという。

撮影日
2005年7月 (写真提供 H.T.さん)
碑文
甲州ぶどう発祥の地
    大善寺伝説
 養老2年(718)僧行基が甲斐国を訪れたとき 勝沼の柏尾にいたり, 日川の渓谷の大石の上で修行 したところ, 満願の日, 夢の中に, 右手にぶどうを持った 薬師如来があらわれたといわれます。
 行基はその夢を歓び, 早速夢の中にあらわれたお姿と 同じ薬師如来像を刻んで安置したのが, 今日の 柏尾山大善寺であります。
 以来, 行基は薬園をつくって民衆を救い, 法薬の ぶどうのつくり方を村人に教えたので, この地にぶどう が栽培されるようになり, これが甲州ぶどうの始まりだ と伝えられています。
 大善寺伝説は, 仏教渡来とともに大陸から我が国に もたらされたぶどうが, 薬師信仰と結びついて, この地に 伝えられたことを指すものとして理解されます。
    昭和54年10月1日
            勝沼町教育委員会


 
甲州ぶどう発祥の地碑
 甲州ぶどう発祥の地 碑