発祥の地bannar
狭山茶発祥之地
 [さやまちゃはっしょうのち]


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場所
埼玉県川越市小仙波町5丁目
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西武新宿線・本川越駅の東 1km。
県立川越総合高校の向い側に 天台宗別格本山“中院”がある。 山門から本堂に向かって進み 左手の墓地に入ると, 大きな横長で茶色の「狭山茶発祥の地」碑が 目に入る。その右横には 狭山茶発祥の由来を記した副碑も建っている。

お茶は 鎌倉時代に栄西禅師により中国から日本へもたらされ, 宇治で初めての茶園が開かれ,やがて日本国内に普及していった。
川越周辺の狭山丘陵地は 広く狭山茶の産地として知られているが, その起源は慈覚大師がこの地に 宇治から持ってきたのに始まると言われている。
当初 川越(河越)の地に栽培され「河越茶」と呼ばれたが,江戸時代に生産地が広がり「狭山茶」になった。

この説明は, 下記に示す碑文が「平安時代にもたらされた」と説明しているのに対して 時代的に相違している。多くの資料は 鎌倉時代説をとっているようだが, いずれが正しいかの判断は 専門家に任せたい。

撮影日
2007年9月
碑文
狭山茶発祥之地

(副碑)
    河越茶 狭山茶の起源
 夫れ茶は遠く平安の昔伝教大師最澄和尚 中国天台山国清寺より伝来し京都に栽培せしより始まる
 慈覚大師円仁和尚天長七年(830年)当地仙波に星野山無量寿寺仏地院建立に際し比叡山より茶の実を携え境内に薬用として栽培す これが河越茶 狭山茶の起源である
 当山茶園の茶株を此処に移植し長く伝承す


 
狭山茶発祥之地碑 同 副碑
狭山茶発祥之地 碑
同 副碑

中院 山門
 中院 山門


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