発祥の地bannar
仙台みそ発祥の地
 [せんだいみそはっしょうのち] 


場所
宮城県仙台市青葉区桜ケ岡公園
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JR仙台駅の西1.6km。 広瀬通りが西公園を横切って 広瀬川を渡る“仲の瀬橋”の西側,仙台第二高校の前に,黒御影石の石碑が建っている。

仙台みそは, 赤色系みその代表銘柄。米麹を用いた米みそで, 麹の量が大豆の量よりもやや少なく,塩辛い。長期間天然醸造され 塩馴れしたまろやかな旨味と独特の風味がある。 そのまま食べられることもあって「なめみそ」とも呼ばれる。

保存がきき 栄養豊富な味噌は, 長期におよぶ当時の戦には必需品だったので,有名な武将の出身地には有名な味噌があると言われる。
徳川家康は「八丁みそ」, 武田信玄は「信州みそ」, そして伊達政宗は「仙台みそ」など。

仙台藩祖・伊達政宗は 醸造の専門家を仙台に呼び寄せ, 城内に大規模な「御塩噌蔵(ごえんそぐら)」(=味噌工場)を設け, 軍糧用としての味噌を造らせた。
1626(寛永3)年には, この御塩噌蔵の御用味噌屋であった真壁屋・古木市兵衛が「仙台味噌」の看板を掲げて 味噌の販売を始め, 一般市民の口にもはいるようになった。
江戸中期になると, 江戸詰だった多数の仙台藩士のために 仙台藩下屋敷で御塩噌蔵と同じ方法で味噌の醸造が行われ, その余剰分を江戸で販売するようになったことから,「仙台味噌」の名が江戸中に広まり, 江戸の食文化にも大きな影響を及ぼしたという。

撮影日
2006年10月
碑文
仙台みそ発祥の地

仙台みそは藩祖伊達政宗公が城下花壇に御塩噌蔵を設け, 真壁屋市兵衛を玄米百石で召し抱え, 藩の味噌御用を務めさせたことが始まりといわれる。承応元年(1652)花壇の焔硝蔵より出荷し, 北隣の御塩噌蔵三棟が焼失。その後, 川内仲の瀬に再建された。
往時は武器や軍用金と共に米・塩は貴重な軍糧物資であったが, 仙台みそは米や塩をふんだんに使った贅沢なみそであり, 後に江戸市中でも一般に払い下げられ, 仙台みその名が広まった。
御塩噌蔵が設けられた地は花壇と共に仙台味噌発祥の地である。


 
仙台みそ発祥の地碑
 仙台みそ発祥の地 碑