発祥の地bannar
本邦麺類店発祥の地
 [ほんぽうめんるいてんはっしょうのち]


場所
大阪府大阪市西区新町2丁目
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地下鉄・長堀鶴見緑地線の西大橋駅のすぐ北側。“新町南公園”の南東隅に 「ここに砂場ありき」と刻まれた石碑が建っている。裏に回って見ると, 「本邦麺類店発祥の地」とある。ここは いわゆる「砂場そば屋」の発祥の地である。

全国には無数のそば屋があるが, 系列としては「のれん御三家」と呼ばれる 「藪」「更科」「砂場」が有名である。そして, この御三家のなかで最古参が 「砂場」だという。
「砂場」の発祥は大阪で, 「津の国屋」と「和泉屋」という 2軒のそば屋が, 「大坂城築城の資材置き場」である 現在の新町南公園の場所(通称「砂場」)に開店し, これが引き継がれて, 江戸時代に 江戸に伝えられ, 江戸と浪速の両都市で そば店が繁昌した。
現在「砂場」は 東日本で多数の店が見られるが, 大阪周辺にはほとんど見られない。 大阪のそば屋は「更科」が多いと聞く。

撮影日
2006年5月 (写真提供 T.K.さん)
碑文
ここに砂場ありき

(裏面)
本邦麺類店発祥の地
   大阪築城史蹟・新町砂場

 天正十一年(1583)九月,豊太閤秀吉公大阪築 城を開始,浪速の町に数多, 膨大を極めし資材蓄積場 設けらる。ここ新町には砂の類置かれ, 通称「砂場」 と呼びて, 人夫, 工事関係者日夜雲集す。人集まる所 食を要す。早くも翌天正十二年, 古文書「二千年袖鑒」 に, 麺類店「いずみや, 津の国屋」など開業とある。 即ちこの地, 大阪築城史跡にして, また, 本邦麺類店 発祥の地なり。
          坂田孝造・識
(側面)
     昭和六十年(1985)三月十一日
        大阪のそば店誕生四百年を祝う会・建立

「ここに砂場ありき」碑 同 裏面
「ここに砂場ありき」 碑
同左 (裏面)