発祥の地bannar
長崎ザボン発祥地
 [ながさきざぼんはっしょうのち]


場所
長崎県長崎市炉粕町
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長崎電軌・諏訪神社前停留所から北西に100m。 諏訪神社参道下の石段に面し,烏森神社入口の角に建っている西山神社の案内看板に「長崎ザボン発祥地」の表示がある。

神社の案内看板の片隅に書かれただけの「発祥地」で,「長崎ザボン発祥地」という「碑」はどこにもないらしい。この他に,ここから400mほど北に上ったところにある 西山神社の拝殿前の「西山神社由緒記」にも 簡単に「長崎ザボン発祥地」と書かれている。

サボンは夏ミカンやグレープフルーツと同類の柑橘類で,形が大きく 爽やかで甘い香りが魅力。子供の頭ほどの大きさで 2kgほどの重さになるものがあるという。
果肉が生食にされるほか,“ザボン漬け”(果皮を砂糖漬にしたもの)や ママレード・ボンタンあめなども有名。戦後の1948(昭和23)年,小畑実の「長崎のザボン売り」という歌謡曲が大ヒットしたのが思い出される。

「サボンは文旦(ブンタン・ボンタン)の別名」と説明する本がある一方で,広辞苑には「ザボンは文旦の一品種」と書かれているし,逆に「文旦はザボンの一品種」という説明も見る。「ザボンの西洋ナシ形のものが文旦である」という説明も見る。どれが本当か素人にはよくわからないが,とにかくザボンと文旦は非常に近い関係にあることだけは確からしい。

ザボンが日本にもたらされたのは,1667(寛文7)年に ジャワから長崎に漂着した唐船の船主(謝文旦)が,唐通事(中国語の通訳)にザボンの種子を贈り,これを西山神社境内で栽培したのが始まりと言われる。
種を播いてから8年目に 赤ん坊の頭くらいもある大きな実がなり,香りのよさでたちまち評判になり 九州各地に普及した。これ以来,長崎にはザボンの木が多く植えられ,長崎駅近くの五島町付近には 並木のように立ち並んでいたと言われる。しかし,1916(大正5)年に害虫が発生して ほとんどの木が伐採されてしまった。

「ザボン」という名前は,我が国に伝えた“謝文旦”の名前の上二文字をとって「ザボン(謝文)」と称したという説があり,別説では ポルトガル語の“zamboa”から転じたともいう。
また“謝文旦”の名前から「ボンタン(文旦)」という呼び名が生まれたといわれる。

撮影日
2011年10月
碑文
西山神社(妙見宮)参道入口
        「当地唯一の妙見様)
      長崎ザボン発祥地
      寒桜正月開花
 御祭神
    (途中略)
            鎮座地
              西山町一丁目三十番地

 
西山神社 案内看板・長崎ザボン発祥地
西山神社 案内看板
「長崎ザボン発祥地」の文言あり