発祥の地bannar
がん集団検診発祥の地
 [がんしゅうだんけんしんはっしょうのち] 


場所
宮城県仙台市青葉区上杉6丁目
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JR仙山線・北仙台駅の南東 800m。 宮城教育大学の小中学校の南に「宮城県対がん協会」の駐車場がある。この入口左側に 横長で茶色の 大きな石碑が建っている。 碑の前面には 黒川敏雄氏を刻んだレリーフが取り付けられている。

東北大学医学部教授で 学長も務めた 黒川敏雄氏は, 生涯にわたって消化器病学, 特に消化器がんの診断と治療の研究に務め, その社会的応用としての「胃がん集団検診」の 普及発展に多大な貢献をした。
1958(昭和33)年に 宮城県対がん協会会長に就任, 全国に先駆けて胃がんの集団検診を開始し, 後に“宮城方式”と呼ばれるようになった。
東北大学退官後は 癌研究会付属病院長に就任, 1968(昭和43)年に 文化勲章を受章した。
この碑は 黒川利雄氏の顕彰碑でもある。

撮影日
2006年10月
碑文[1]
がん集団検診 発祥の地

  山上に
  山あり
  山また山

 現代もっとも恐れられている「がん」は 早期発見と 早期治療によってその生命の多くを救うことができる  黒川利雄先生は早くから集団検診による早期がんの 発見を唱え その指導のもとに西山正治 長谷川昭衛両 博士は胃検診用レ線間接狙撃撮影装置の開発と車両化 に成功した
 九嶋勝司博士は野田起一郎 姉歯皎両博士を指導し 子宮がん検診車を考案した
 東北大学 医師会 県・市町村 農・漁協 宮婦連 公衛連 報道界は かねて黒川先生の提唱された「山に向 かって歩こう」の精神にのっとり 宮城県対がん協会を 設立し 山形敞一博士等の協力により全国にさきがけ て検診体制を確立した これには井澤平勝氏 河合宇 三郎氏等経済界の支援も大きな力となった
 また検診により救命された多くの人びとは「よろこび の会」を結成し 活発な社会活動を展開している
 ここに対がん活動三十周年にあたり がん対策の創始 者 黒川利雄先生の偉業を顕彰するとともにがん征圧 の一日も早いことを願い この碑を建立する
  昭和六十三年九月一日
     がん集団検診発祥之地の碑 建立委員会

がん集団検診 発祥の地碑
がん集団検診 発祥の地 碑