発祥の地bannar
臨床検査技師教育発祥の地
 [りんしょうけんさぎしきょういくはっしょうのち]


場所
東京都中野区本町6丁目
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地下鉄丸ノ内線・東高円寺駅から 南東に300m。
青梅街道の“和田三丁目”交差点から 100m余り南に入ると“東京文化短期大学”がある。
大学構内のほぼ中央の 校舎の壁際に,高さ1m程の オベリスク風 (上方に向かって徐々に細くなった四角柱,先端は四角錐で尖っている) の石碑が建っている。

“臨床検査技師”とは,診療機関において 微生物検査・病理検査・生理学的検査 等々の検査を行い, 医師が病気の診断を行うためのデータを得ることが業務で,国家資格となっている。

1952(昭和27)年に 臨床検査の重要性が認識されて,東京文化短期大学に「医学技術研究室」が設置され, その3年後の1955(昭和30)年,我が国最初の臨床検査技師養成校「東京文化医学技術学校」となった。 これが 日本の臨床検査教育の始まりとされている。
その後 1958(昭和33)年になって“衛生検査技師法”が制定されたことにより, 検査技師の養成教育が本格化し,各地に教育機関が設立されていった。
1976(昭和51)年に「東京文化医学技術専門学校」と改称され, 2006(平成18)年に「東京文化短期大学 臨床検査学科」が開設されて これに引き継がれた。
この発祥碑は,専門学校から短期大学臨床検査学科への“移行式”の行われた 2008年に, 新渡戸学園の本部のあるこの地に建立された。

ちなみに 東京文化短期大学は,1928(昭和3)年に 森本厚吉氏が創立した「東京女子経済専門学校」が前身で, この時の初代校長には 森本氏の師に当たる新渡戸稲造博士が就任。 1950(昭和25)年に「東京文化短期大学」となった。
2008(平成20)年には 学校法人名が「東京文化学園」から「新渡戸文化学園」に変更された。

撮影日
2009年1月
碑文
臨床検査技師教育発祥の地
  一九五二年

    国際臨床病理センター所長 河合 忠

(台石)
  寄贈 新渡戸文化(旧東京文化)学園同窓会医技部(リフラ会)一同
     東京文化医学技術専門学校 第55回卒業生一同
     東京文化短期大学臨床検査学科第58回卒業生一同


 
臨床検査技師教育発祥の地碑 新渡戸稲造銅像
臨床検査技師教育発祥の地 碑
新渡戸稲造 銅像