発祥の地bannar
唱歌「案山子」発祥の地
[しょうか・かかし・はっしょうのち] 


発祥の地コレクションは、新サイト https://840.gnpp.jp に移行作業中です。
個別の移転先ページのリンクは、このページの下部をご覧ください。

場所
埼玉県さいたま市緑区大字見沼
コメント
JR武蔵野線 東浦和駅の2.5km北に“見沼氷川公園”と“氷川女体神社”がある。 公園の中央付近に, 蓑と笠をつけたかかしの彫刻が建っていて, 副碑として 唱歌「案山子」の詩碑 もある。

「案山子」の歌は, 二年生用の文部省唱歌として 明治44年に発表された。 作曲は 山田源一郎, 作詞は 武笠三。
碑文にあるように この地で生まれ育った 作詞者の武笠が, この周辺の「見沼たんぼ」に立つかかしを 歌ったもので, 彼が 文部省で教科書の編纂に携わる間に作詞したものと言われる。

WEB で「案山子」の作詞者について調べると 「文部省唱歌」「作詞作曲不詳」 「詩/文部省」などと書かれていて, 作詞者の名前が書かれたものは ほとんど見当らない。 著作権意識の乏しかった時代のことで, 文部省にも作詞作曲者の記録が残っていないのだろうか。

撮影日
2005年1月
説明文
唱歌「案山子」発祥の地

案山子
           武笠三

  山田の中の一本足の案山子
  天気のよいのに蓑笠着けて
  朝から晩までただ立ちどおし
  歩けないのか山田の案山子

  山田の中の一本足の案山子
  弓矢で威して力んで居れど
  山では烏がかあかと笑う
  耳が無いのか山田の案山子

           春彦書
 この地が, 尋常小学 唱歌「案山子」のふる さとである。国定教科 書の編さん官であった 武笠 三(むかさ さん)が, 他のいく つかの唱歌と共に作詞 した。彼こそ, ここ三 室に生まれた人である。
 かって1200ヘクタールの沼 であった見沼は 江戸中 期に干拓され, 稲穂が たわわに稔る田園とな った。作詞者の感性を 育んだ光景である。
 唱歌のふるさとを浦 和市民の誇りとして永 く伝えようと「つくる 会」を結成し, 多くの 市民のご協賛のもとに 記念の碑を建立した。
        唱歌「案山子」発祥の記念碑をつくる会

〈武笠 三〉
 明治四年 当地にあ る氷川女体神社の神官 を代々勤めていた武笠 家の長男として 三室 村(現浦和市宮本)に 生れた。東京帝国大学 卒業後 旧制四高, 埼 玉県第一中学(現浦和 高) 旧制七高で教鞭 をとる。明治四十一年 文部省によばれ, 十七 年間にわたり国定教科 書の編さんにたずさわ った。「案山子」は第 二学年用として作詞さ れた。昭和四年没。

〈記念碑〉
  造形家  島田 忠恵
〈揮毫〉   国語学者 金田一春彦

  浦和ゴールデンクラブ
  浦和各地区ロータリークラブ
  浦和各地区ライオンズクラブ
  浦和YOUライオンズクラブ
  (社)浦和青年会議所

  <創立20周年記念事業>
    浦和東ロータリークラブ
  <創立10周年記念事業>
    浦和童謡唱歌愛好会
  <創立5周年記念事業>
    浦和北東ロータリークラブ
    氷川女体神社奉賛会
      ほか有志一同

  平成5年4月29日

唱歌「案山子」発祥の地碑
 唱歌「案山子」発祥の地 碑
“蓑笠つけ”たかかしの像


移転先 http://840.gnpp.jp/shoka-kakashi/