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刈干切唄発祥の地
 [かりぼしきりうたはっしょうのち]


場所
宮崎県高千穂町押方
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高千穂町役場から西北西に約3km。県道203号で 標高513mの“国見ヶ丘”まで上る。 雲海で有名な国見ヶ丘の展望台から,さらに少し上った丘の上に“三神の石像”と 「刈干切唄発祥の地」の碑が建っている。

刈干切唄は「稗つき節」と並んで宮崎県を代表する民謡で,高千穂地方を中心に唄われる仕事唄。
“刈干切り”は,冬の間に牛馬の餌にするため,秋になると背の丈ほどに密生するカヤなどの 山の草を大鎌で刈り取り 天日で乾燥させ保存する農作業をいう。

国見ヶ丘からは,西に阿蘇の外輪山,北に祖母の連峰,東に天香具山・高天原や高千穂の盆地, そして眼下には五ヶ瀬川の渓流を一目で見渡すことができ,眺望がすばらしい。
神話によると,国見ヶ丘は 神武天皇の孫にあたるタテイワタツノミコトが九州統治の際にこの丘に立ち, 四方をのぞんだことから“国見ヶ丘”と呼ばれるようになったと伝えられる。

撮影日
2008年10月
碑文
高千穂 刈干切唄発祥の地

    刈干切唄
ここの山の刈干しゃすんだよ
  明日はたんぼで稲刈ろかよ
もはや日暮れじゃ追々かげるよ
  駒よいぬるぞ馬草負えよ
秋もすんだよ田の畔道をよ
  あれも嫁じゃろ灯が五つよ
唄でやらかせこれ位の仕事よ
  仕事苦にすりゃ日が永いよ
高い山々どの山見てもよ
  霧のかゝらぬこの山はないよ

  刈干切り(説明)
 神話のふる里高千穂には古く から唄い伝わる民謡「刈干切唄」 がある 刈干切りとは,冬の間 牛馬の餌にするため初秋から晩 秋にかけて背の丈ほどの山々の 草を大鎌で切り束にして積み上 げ保存する農作業のことである 「刈干切唄」はこの作業のとき に唄われてきた農家の人々の労 働歌である 昔の厳しい生活の 中から生れた哀調のメロデー は高千穂ならではの素朴さがあ る。
              高千穂町


 
刈干切唄発祥の地碑 刈干切唄 説明板
刈干切唄発祥の地 碑
同・説明板

三神の像 (国見ヶ丘)
 三神の像 (国見ヶ丘)