発祥の地bannar
外山節発祥乃地
 [そとやまぶしはっしょうのち]


場所
岩手県盛岡市玉山区藪川
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JR山田線の大志田駅から北東に約7km。
盛岡市と岩泉町を結ぶ国道455号に面して 盛岡市立外山小学校がある。 小学校から更に200mほど東にある 外山神社の境内に「外山節発祥乃地」と刻まれた 自然石の 大きな石碑が建っている。

南西側の外山ダムと 北東側の岩洞湖の間に外山牧場が広がっている。 この牧場は 明治初期に馬の育成を目的に開かれ,1891(明治24)年から 1922(大正11)年までの 約30年間 皇室の御料牧場となり,その後は岩手県の種畜場(現・畜産試験場)などになっている。

「外山節」は,御料牧場時代の外山牧場で働いていた作業員たちが唄い出して その周辺地域に広まった民謡で, 牧草を刈る作業唄から出たと言われる。
1932(昭和7)年になって 武田忠一郎氏がこの唄を採譜し,三味線の伴奏で唄われる座敷唄になって 全国に広まった。

撮影日
2009年9月 (写真提供 徳利旅さん)
碑文
外山節発祥乃地
  玉山村長 高橋求馬書

(説明板)
    外山節発祥の地
 外山節は 明治二十二年から昭和十二年まで宮内省御料 牧場の支場となった外山牧場の作業唄として発生した。 外山牧場には,二百人から三百人の作業員が従事し,草刈 や運搬などの作業唄としてよく歌われた。
 御料牧場開場当初の,作業員上野キツ(安政六年生)橋本 フユ(明治十年生)が中心となり作業唄として歌い出し,外 山節のもととなり完成したと伝えられている。(正調外山節)
 現在の外山節は昭和十三年に,大西正子の三味線,武田 忠一郎の編曲により,キングレコードからレコード化され, 戦後,民謡ブームに乗り,のど自慢大会等で広く歌われて 一般に普及し,岩手県の代表的民謡となっている
          昭和六十一年八月十七日
              玉山村教育委員会

  外山節
    □ わたしゃ外山の 日陰の蕨
     だれも折らぬで ほだとなる
     コラサーノサンサ コラサーノサンサ
            (以下はやし言葉略)

    □ わたしゃ外山の 野に咲く桔梗
     折らば折らんせ 今のうち

    □ わしと行かねか あの山陰さ
     駒こ育てる 萩刈りに


 
外山節発祥の地碑 同・説明板
外山節発祥の地 碑
同・説明板