発祥の地bannar
箏曲発祥之地
 [そうきょくはっしょうのち]


場所
福岡県久留米市善導寺町
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JR久大本線・善導寺駅から 北に1km。 浄土宗善導寺の境内の 参道沿いに, 写真のような 3つの石からなる 「箏曲発祥の地」碑が建つ。中央の細長い石は 琴の形をしている。
発祥碑の隣には 箏曲の始祖と呼ばれる 賢順上人の顕彰碑が建っている。

箏曲は 箏(琴)による音楽。安土桃山時代に雅楽「越天楽」から誕生し, 後に鎮西上人が善導寺に伝え 佛事音楽に用いられた。 16世紀後半に 僧賢順が 善導寺楽や寺院歌謡を譜に整理して“筑紫箏”を創始した。 17世紀に入ると 八橋検校は 八橋流を興して大成し, これが上方の生田流・江戸の山田流として受け継がれている。

撮影日
2005年11月
碑文[1]
箏曲発祥之地
   平成三季歳次辛葉月十日
      大本山善導寺 六十五世大僧正 俊章
碑文[2]
箏曲発祥之地
  始祖 賢順上人顕彰碑

 天文3年(1534年)筑後国富郡, 宮部日向守武成の子として生まれ, 7歳のとき 当山に入り僧となる。
 以来, 当山に伝わっていた善導寺楽ならびに全国に伝わる寺院歌謡をきわめ, さらに 明人能家定に七弦琴を学びこれらの音楽を整理して筑紫箏を編んだ。 この歌曲が, わが国の箏曲の源流として受け継がれている。
 元亀2年(1571年)38歳のとき, 竜造寺泉州公長信(多久安順)の招きにより 多久に移り, 還俗後は諸田蔵人賢順斎と号し, 元和9年(1623年)7月13日, 90歳で没す。法名 賢順養普。
 中央は, 後陽成天皇(1571〜1617年)の御前で弾奏され, 天皇自ら命名された 箏 鳳凰 を型どったもの。
 台塚は, 箏曲伝承縁故者慰霊および糸塚, 爪塚の供養碑。
      平成3年8月10日
                    大本山善導寺
                    碑運営委員会

箏曲発祥之地碑 賢順上人顕彰碑
[1]箏曲発祥之地 碑
[2]賢順上人顕彰 碑