発祥の地bannar
日刊新聞発祥の地
 [にっかんしんぶんはっしょうのち]


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場所
神奈川県横浜市中区本町6丁目
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横浜高速鉄道みなとみらい線の馬車道駅の‘1b出口’を出ると 目の前に高さ119mの超高層ビル“横浜アイランドタワー”がある。
このビルの西側広場に 高さ1.3m 幅2.1mの 灰色の御影石製の石碑が建っている。
碑面には「横浜毎日新聞」創刊号の紙面写真が銅板に刻まれたレリーフが埋め込まれている。

日本で最初に発行された新聞は,1864(元治元)年に ジョセフ彦が横浜で発刊した「海外新聞」とされている。 これは 月刊の英字新聞で, 最初は手書き,後に活版印刷になった。 (「日本国新聞発祥之地」参照)
日本語による日刊新聞は,1870(明治3)年に発刊された「横浜毎日新聞」で, これは 西洋紙の両面に鉛の活字を使って活版印刷したものであった。
「横浜毎日新聞」はその後 1879(明治12)年に 東京に移り「東京横浜毎日新聞」という名前になり, さらに「毎日新聞」「東京毎日新聞」と紙名を変えたが,1941(昭和16)年に廃刊になった。 (現在の毎日新聞とは無関係)

この発祥碑は かつて生糸検査所(現・横浜第二合同庁舎)前にあった〔1062(昭和37)年建立〕が, 生糸検査所が合同庁舎に建て替えられた時に撤去され,同所の駐車場に保管されていた。 今回は石碑を造りなおして,新しく判明した「横浜毎日新聞」の発行所があったこの地に再建された。

撮影日
2009年12月
碑文
日刊新聞発祥の地

 明治三年十二月八日 我が国日刊新聞が鼻祖「横浜毎日新聞」はこの地で誕生した この新聞はまた冊子型木版刷りの旧型から 活字一枚刷りの現代型へと踏切った我が国最初の新聞であった これが端緒となって 日本が大新聞国へと発展したことを思うと文明開化の窓口としての横浜の意義はきわめて大きい
 こうした偉業を記念すると同時にその計画者 時の神奈川県令井関盛良社長島田豊寛 編集担当者子安峻 印刷担当者陽其二 資金協力者原喜三郎 茂木惣兵衛 吉田幸兵衛 増田嘉兵衛 高瀬英祐等諸氏の功績を後世に伝えるためこの記念碑を建立する

  昭和三十七年十月十日
    撰文 日本新聞学会会長 上野秀雄
    書  神奈川県知事   向山岩太郎
    協賛          神奈川県
                横浜市
                日本新聞資料協会
    建立          神奈川新聞社

(裏面)
   この記念碑は当初 昭和三十七年十月十日
  横浜市中区北仲通五丁目の旧生糸検査所の敷地
  内に建立されました。その後,再開発に伴い解
  体,撤去され 同敷地内に復元を予定していま
  したが,本来の創刊の地が同区本町六丁目のこ
  の地付近であることが分かり,横浜市の協力を
  得て,ここに記念碑を移設,再建しました。
      平成二十一年十二月八日
              神奈川新聞社


 
日刊新聞発祥の地碑 横浜毎日新聞 第一号紙面
日刊新聞発祥の地 碑
横浜毎日新聞 第一号紙面
(明治3年12月8日発行)


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