発祥の地bannar
長源寺発祥之辞
 [ちょうげんじはっしょうのじ]


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場所
長野県飯田市松尾水城
コメント
JR飯田線の伊那八幡駅から北東に500m。
伊那八幡駅と松尾東保育園のほぼ中間,長野県道232号に面して 大きな石碑が建っている。 道路側には「長源寺発祥之辞」反対側には「開山三位日静聖人報恩謝徳・田嶋山旧跡」などとある。 (石碑の構造や 文字の大きさ・配置などを見ると,道路側が裏面なのかもしれない。)

資料がないため詳しいことはわからないが,碑文によれば,
南北朝時代の1340年,日静聖人が鎌倉から法華堂を京都に移築するに際して, 当地で材木を調達した。同時に この地に法華寺という名前の寺を興した。
後に1609年になって この寺は再興され 田嶋山長源寺と名付けられた。
という。
この碑は 日静聖人が法華寺を興してから650年目にあたる 1990(平成2)年に建立された。

この碑の周辺は たくさんの集合住宅が建つ住宅地で,寺院の発祥の地のような雰囲気は全くない。 現在の長源寺は この地より北西に4kmの 飯田市箕瀬町にある。

撮影日
2009年10月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
長源寺発祥之辞

日静聖人は相州鎌倉松葉谷にありし法華堂
を京都六条の地に移さんと暦応四年辛已三
月鎌倉を出立身延祖廟に奉告し京都に登る
途次志摩多村に着し移建用材を求むその折
日静聖人鎌倉松葉谷より井深大膳小膳の兄
弟を呼び用材伐採の監督に任ず六条本圀寺
移建完成を前に此地に一宇を建立し大曼陀
羅を授与し一乗山法華寺と公称す慶長十四
年第十二世日甄聖人小笠原秀政公命により
堂宇を飯田箕瀬に再興し田嶋山長源寺と改
称す康永元年より六百五十年を経たり
    平成二年十月二十八日
      長源寺第四十八世興龍因日章和南

(裏面)
    開山三位日静聖人報恩謝徳
南無妙法蓮華経  田嶋山旧跡
    平成二年十月廿八日創建六百五十年慶讃


 
長源寺発祥之辞碑地 長源寺発祥之辞碑 裏面
長源寺発祥之辞 碑
同・裏面

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