発祥の地bannar
国母小学校発祥之地
 [こくぼしょうがっこうはっしょうのち]


場所
山梨県甲府市高畑3丁目
コメント
JR身延線の甲斐住吉駅から北西に1200m。
県道3号線(国母通り)が 千秋橋を渡ったあたりから 細い路地を入った所に 曹洞宗の小さな寺・慈光院がある。
山門を入ったすぐ左側に「国母小学校発祥之地」と刻まれた 黒い御影石の石碑が建つ。

国母小学校の沿革については 下記のとおり碑文にかなり詳しく書かれているので, これ以上触れる必要はないだろう。
現在の国母小学校は,この地から南西に1kmほどの 国母4丁目にある。

撮影日
2009年6月 (写真提供 T.H.さん)
碑文
国母小学校発祥之地

      国母小学校沿革之碑
 豊住村は 高畑の慈光院を仮校舎とし て 明治十四年に豊住学校を開校し 十九 年下石田に移転
 明治二十年四月勅令により豊住学校は 廃止され貢川尋常小学校の分校となる
 豊住 富田の両村が明治二十二年合併 国母の郷に由来し 村内国母地蔵の旧跡に ちなんで国母村が誕生し 二十五年分校は解 消し国母尋常小学校となるも校名はそのまま で新たな出発となった
 明治三十七年 現在地に新築移転
 昭和十二年国母村は 甲府市と合併 校名 も甲府市立国母尋常小学校と改称されその 後幾度か校名が変更され現在にいたっている
 この八十年 時代の変遷と共に幾度かの増 改築が行われ 幾多有為の人材を世に送り出 し 社会の発展に貢献するところ大きなもの があった
 国母小学校の卒業生にとって 思い出多い存在 として 心の奥深く残っていることであろう
 ここに現在地創立八十周年を迎えるにあた り この碑を建立して記念とする
    国母小学校校庭沿革之碑より
      昭和六十三年十一月吉日本堂修復落慶之日 建之


 
国母小学校発祥之地碑
国母小学校発祥之地 碑