発祥の地bannar
津田塾大学発祥の地
 [つだじゅくだいがくはっしょうのち]


場所
東京都千代田区一番町
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地下鉄半蔵門駅の東100m。
ホテルモントレ半蔵門の裏手に建つ“開進堂ビル”の入口壁面に「Tsuda College Founded Here」と書かれた小さなプレートが貼りつけられている。

津田塾大学は,女性として日本から初めて海外に留学した津田梅子が,女性のための高等教育機関として設立した私塾「女子英学塾」を前身とする大学。

津田梅子は 北海道開拓使が派遣した5人の女子留学生の一人として,1871(明治4)年に 岩倉使節団とともにアメリカに渡った。当時6歳であった。11年間の米国生活を終えて帰国後,華族女学校の英語教師などを経て,1900(明治33)年,麹町区(現・千代田区)一番町に「女子英学塾」を開校した。これが津田塾大学の発祥である。

  津田梅子経歴 および 大学の沿革
1871(明治4)5人の女子留学生の一人としてアメリカに渡る。このとき梅子満6歳。
1872(明治5)ジョージタウンに住むランマン夫妻の家に寄宿。女学校で学ぶ。
1882(明治15)女学校卒業。山川捨松等とともに帰国。
1883(明治16)伊藤博文宅に住み込み、通訳兼家庭教師となる。
1885(明治18)華族女学校に英語教師として奉職。
1889(明治22)再びアメリカに留学し,ブリンマー大学へ入学。生物学専攻。
1891(明治24)オズウィーゴー師範学校で教授法を学ぶ。
1892(明治25)帰国。華族女学校教授に復職。
1898(明治31)女子高等師範学校の教授を兼任。
1900(明治33)麹町区一番町に「女子英学塾」を開校。塾生は10人。
1903(明治36)同区内五番町に校舎を移す。第一回卒業式、卒業生8名。
1929(昭和4)梅子,享年64歳で没。
1923(大正12)関東大震災で五番町校舎が全焼。仮校舎で授業を再開
1931(昭和6)東京府北多摩郡小平村(現在の小平市)の新校舎に移転
1933(昭和8)「津田英学塾」に改称
1943(昭和18)「津田塾専門学校」に改称
1948(昭和23)「津田塾大学」設立
2008(平成20)千駄ヶ谷に新キャンパスを開設

撮影日
2010年5月
碑文
Tsuda College
Founded Here in 1900

 
「Tsuda College Founded Here in 1900」プレート 開進堂ビル 入口
「Tsuda College Founded Here in 1900」プレート
開進堂ビル 入口

開進堂ビル
開進堂ビル